面白いこと
面白いこと
初めて東京へ行ったときのことを思い出してみようと、つい先ほど眠りから覚めたばかりの今野大輔は思っている。どうしてそれを思い出す必要があるのだろうかと、彼は考えてみたが、特に理由はなさそうだった。
記憶の霞の奥に、黄色のレーシングカーが浮かびあがって来た。
そこは、小さな模型屋の店内だ。模型の雑誌の広告を頼りに、彼は二時間も電車に揺られて来たのだった。
その、レモンイエローの車体が、実に魅力的だった。今野はかれこれ三十分もの時間、そのラジコンカーを凝視めていた。
「わたしね、その車を持っているのよ」
背後からの声だった。その若い美しい女性の声は、ぞくりとする程、今野の心に突き刺さってきた。振り向くと、すぐ傍に声を発した笑顔の女性が立っていた。とんでもなく可愛らしい女性だった。純白のワンピースが、彼女には見事に似合っている。
「そうですか?じゃあ、操縦させてもらえませんか?」
「ええ、いいわよ。この辺のひと?」
「遠いところから電車に乗って東京まで来たんです。来て良かった」
今野はドキドキしていた。
「わたしね、バッテリーと充電器を買うためにここに来たの。ちょっと待っててくださる?」
今野は少し躊躇ってから、待つことにするという自らの意思を伝えた。
間もなく今野は店主と思しき人物から購入した重いものを受け取った。
「なんだ。あなたもそれを買ったのね?」
先程の娘が現れて驚いたまなざしを向けている。
「本店から持ってきてくれたんです」
そう云いながら今野は大きな箱の外側に印刷されている写真から目を離さなかった。その理由は相手の顔をまともに見る勇気がないからだった。
「操縦したいって云ったのはなぜ?」
「買ったばかりだと充電されてないと思ったからです。それに、家まで二時間以上もかかるし……」
「凄い情熱ね。やっとお金を貯めて農村から買いに来たのね……わたし、松井みゆ。あなたは?」
少女は握手をしようとして手を差し出したらしいのだが、今野は生憎両手がふさがっているので名前だけ云った。
「お店の前に車を待たせているから、一緒に乗って行ってね」