シナリオ『CUBE』第1幕「アウトサイド」
シーン4
孝二、手紙の続きを読む。
孝二 あの時、僕が佳に言われた一言はずっと胸の中で刺さっていた。それは少しもとれない棘のように僕を悩ませた。
正路、問題を解く手を止めて、そして、顔を上げて、語り出す。
正路 ポアンカレ予想にはな、ある伝説があるんだ。
そこに、佳が入ってくる。手には携帯電話を持ち、孝二に語りかける。携帯電話のコール音が響く
佳 孝二・・・しょうちゃんがさあ。倒れてる。
正路 ポアンカレ予想を解こうとしたものはな、おしなべて呪われるんだよ。
佳 全然動かないんだ。それより、部屋が真っ赤でさ。
正路 孤独と絶望のうちに死んでいくんだ。
佳 これ、汚いね。早く掃除しなくちゃ。
正路 その伝説の理由が今ならよくわかるんだ。
佳 ねえ、孝二・・・早く帰ってきて。一緒にやろう? これ、一人じゃ無理っぽいからさ。
正路 僕はね、ポアンカレの予想を解いたときに、狭く、数式で埋め尽くされた、僕と数学の女神だけの小さな箱庭の世界の中で、宇宙の姿が解ってしまったときに、気づいてしまったんだ。自分が誰も追いつけない世界にきてしまったことに。
佳 ねえ、孝二。
正路 そしてね、初めて解ったんだ。僕は
佳 孝二!
正路 僕は、佳のことを心底愛していたんだって。
電話の切れる音が鳴り響く。そして、佳その場にひざを付く。
そこには孝二と正路だけが残される。正路ゆっくりと立ち上がり、部屋の扉の前に立つ。
孝二 ・・・今更遅いんだよ。
正路 本当に今更遅いけれどね・・・。
孝二 今頃気づくなよ。
正路 お前の言うとおりだった。僕はどうやら、数学の女神に愛されすぎて、目の前の現実を見ていなかったらしい。
孝二 それで死ぬのかよ。
正路 ただ、本当にこの死は僕のエゴだ。僕から離れていった幸せを、もう見れないという僕のエゴだ。
孝二 なんだよそれ。
正路 自分が愛した二人の幸せを、妬むのなんて、僕には耐え切れなかったから。
孝二 じゃあ、残された奴は幸せになれるのかよ!
正路 お前は僕が死ぬことを怒るだろうか、恨むだろうか。それでも、恨まれてもなお、僕はお前に頼みたいことがある。
孝二 都合良すぎるだろ!
正路 これが最後の頼みだ。佳を、幸せにして欲しい。
孝二 俺には無理だ・・・。
正路 本当に虫のいい話だと思う。でも、お前にしか頼めないんだ。
孝二 言い逃げかよ!(後ろを向く)
正路 こんなできの悪い僕を兄と慕ってくれて、ありがとう。さようなら。
正路、部屋へとはけて扉を閉める。孝二それを見て崩れ落ちる。
孝二 ふざけんなよ・・・。
孝二しばらく、崩れ落ちているが、立ち上がる。そして、遺書をビリビリに破り捨て、上へと巻き上げる。紙くずが舞いちり、孝二を包む。紙くずがすべて落ちた後、佳の方へ、ゆっくりと歩いていき、手を差し伸べる。佳ゆっくりとそちらを見て手をとり、二人立ち上がる。そして、上手へはけようとする。はける直前、佳が立ち止まり、箱を振り返る。しかし、孝二手を引いて佳をはけさせる。
雨音がなり始める。暗転。
終わり
作品名:シナリオ『CUBE』第1幕「アウトサイド」 作家名:katariya