思いこみ
「人違いじゃないんですか?暗くなってきているし……」
「いいよ。わかった。俺はこれから行くところがあるんだ。じゃあな」
顔をしかめた男は次の曲がり角でバス通りから消えた。天本はその後も考え続けたが、思い出すことはできなかった。
背後から自転車のブレーキ音がして、振り向くと今度は髪を紫色に染めた見知らぬ老女が声をかけて来た。
「あらあ、やっぱり……どうですか。お仕事は順調ですか?」
天本は立ち止った。笑顔を見せているその相手にも、まるで見覚えがない。
「私は、天本と申します。あなたは?」
「えっ?……ごめんなさいね。じゃあ、人違いかしら」
老女は首をかしげながらペダルを踏み込んで去った。
これは一体、どういうことだろうか。自分によく似た他人が、この街には存在しているのだろうか。
「あっ!いたいた。もう六時過ぎてるぞ。早く入って来い」