風の詩が聞こえるかい
景色は、何処までも綺麗に見えていたが、男の瞳には映ってはいないようだった。
やっと車に戻ろうとしかけた時だ。
男の胸元のポケットから携帯電話の着信音が鳴った。
見慣れない数字並び。いやアドレス登録がないだけで、会社からの連絡かもしれない。
「はい」至極ぶっきらぼうに電話に出た。
相手からは、なんの言葉もない。
「もしもし。誰? 切るよ」
「…… あ、待って」
か細いながら、相手は女性のようだ。
「か、あ… かぜの…… うた」
「君なの?」
「ええ」
「無事なの? 事故したって君じゃないよね?」
男は、携帯電話を耳に押し当て、言葉を聞き逃さないようにと耳を澄ませた。
「ちょっと やられちゃいました。今、白いシーツの上」
(おいおい、やめてくれよ。そのての電話は無しだよ)
「もう少しだけ、入院が必要らしいです」
「僕が、来なかったばかりに。約束を守らなかった僕が悪かったです」
「それと、これは違うわ。気にしないでください」
電話をあてていない耳に風の通り過ぎる音がした。
「あ、風……」
「え? なぁに?」
男は、携帯電話を耳から離し、持ち上げた。
「ねえ、風の詩が聞こえるかい」
男の耳には、ひゅるるるとも ぴゅうと山風の音が聞こえていた。
「ええ」
「今度は、一緒に。必ず一緒に。君と聞きたい」
「どうでしょ? 風も一期一会ね」
「じゃあ、聞けるまで 何度でも此処へ訪れよう。僕の車で」
「バイクが直るまでね」
女の笑い声が、男の耳に届いた。
「あ、ほらまた 風の詩」
――了――
作品名:風の詩が聞こえるかい 作家名:甜茶