シロクロモノクローム
第八話:世界の質感
「"質"、ですか」
ぼくが理解を全くしていない、ただの相槌を返すと、クオリアさんは頷いた。
「そう、俺たちが世界から感じ取る、様々な質感を意味する哲学用語だ」
「世界の"質感"って、なんだかよくわからないです。もうちょっと噛み砕いて説明してもらえませんか?」
クオリアさんはちょっと長くなるぞ、と前置きをした後、まるで言葉を知らない子供に言葉を教え込むように、丁寧に、丁重に、説明を始めた。
「まあ簡単に言えば、クオリアってのは『感じ』の事だ。例えば『イチゴのあの赤い感じ』だとか、『眠りにつく時のあの幸せな感じ』とか、『面白い漫画を読んでいる時の、あのワクワクする感じ』とかあるだろ? こういう、普段生活していくうえで、世界から感じ取る様々な『感じ』の総称をクオリアというんだ」
なんとなくわかったような、わからないような。哲学用語は難しい。
「今お前が感じている、それもクオリアの一種だ」
「へ?」
ぼく、何か言ったっけ? とさらに混乱しているぼくに、クオリアさんは言う。
「今お前は"わからない"という『感じ』を俺の話から受けただろう? それも立派なクオリアなんだよ。これならわかるだろ?」
「哲学って、普通の事をずいぶんと難しく説明するんですね」
ぼくが皮肉交じりにそう言うと、
「学者ってのはそういう生き物なんだよ。簡単な問題を難しく説明して、賢そうにふるまうのが好きなんだ」
と苦笑いをしてクオリアさんは答えた。
作品名:シロクロモノクローム 作家名:伊織千景