シロクロモノクローム
第三十七話:ワンハンドタイピング
空間自体が、バグっている? どういう事?
「つまり、ここに閉じ込められちまったってことだ」
クオリアさんは拳をハンドルに叩きつけた。
「空間自体がバグることなんてあるんですか?」
「理論上はあり得ることだ。この世界自体がプログラムだからな」
クオリアさんの声には、今までにない緊張感があった。後ろからカジ君が心配そうな声で
「このままだと、どうなるんスか?」
と尋ねてきた。
「何とかしないと、ここで一生過ごすことになりそうだ」
「そんなっ! 何とかして下さいっス!」
「なんとか出来るなら悩んでねえっつうの!」
焦りと苛立ちからか、カジ君は恐怖を、クオリアさんは苛立を隠せないでいた。
かくいうぼくは、意外と冷静だった。だって、もしかしたら。
「クオリアさん。さっきこの世界自体がプログラムって言いましたよね」
クオリアさんは頷いた。
「それじゃあこの世界をデバックすればいいんじゃないですか?」
クオリアさんは首を横に振る。
「そいつは無理な話だ。バグの規模がデカすぎる。普通のプログラムのバグの倍の量があるんだ。人間には無理だろう」
「二倍程度なんですね。ならいけるかも」
クオリアさんはため息をついて、呆れた様子で言う。
「お前、いくらタイピングが早いからってよ。二倍だぞ? 二倍。手が四本位ないとできないだろ。タコじゃああるまいし。物理的に不可能だ」
クオリアさんは頭を抱えてうなだれた。どんよりとした空気が流れる。確かに、手が増えるなんてありえない。けれど。
「クオリアさん。ワンハンドタイピングって知ってます?」
「ああ。片手でタイピングする技術のことだろ? それがどうしたんだ?」
「確かにぼくの手は2本しかないですが。それなら2本でできることをすればいいんです」
ぼくはデバイスを呼び出して、あるイメージをする。デバイスはまずキーボード型に変形して、さらに二つに分裂した。ここで、クオリアさんはぼくが何をやろうとしているのか理解したようだ。
「まさか。冗談だろ?」
ぼくはクオリアさんににっこりと笑ってこう言った。
「ぼく、両方の手でワンハンドタイピングできるんですよ」
作品名:シロクロモノクローム 作家名:伊織千景