はたらく死神さん
「おい周防」
「げっ、トッキー」
嫌な人間…いや違う、人じゃなかった。――嫌な奴に会ってしまった。
「その変な呼び方いい加減にしろ。…今日の分の整頓済んだか?」
「まぁ一応。あと少しかな」
「明日は回収数格段に増えるから早めに済ませとけ。 今日の数はそこまで多くなかっただろ、とっとと終わらせて来い」
――なんて理不尽な。少なかったのはそっちの部署だけだったんじゃないか?
いつものようにこちらの方はありえない数だったというのに。
周防と呼ばれた、黒色の衣服に身を包んだ青年は露骨に嫌そうな顔をする。
「はいはいわかりました、もう三分の二は済ませたから今から続きしてきますへーへー」
「面倒だからって雑な作業したらテメーも整頓される側にするからな」
…自分たちのような存在にも魂は存在するのか?
素朴な疑問を抱えつつ、これ以上トッキー…否、常盤と顔を合わせているのは不快なので仕事場へと足を向ける。
「全部済んだら来るように、って鼎が言ってたから忘れんじゃねぇぞー」
周防の背中に向け常盤が叫び、周防はいかにも面倒臭そうに片手を振ったのだった。
---
自分たちは世間一般的に――世間というものがどこの何を指すのかは知らないが――「死神」と呼ばれる存在である。
よくは知らないが、まぁ、そうらしい。
その死神の役割というのが、魂を回収し、仕分け・整頓した上で「天界」及び「冥界」の遣いへまとめて引き渡すこと。
俺…周防識(すおう・しき)は、その「整頓」の方を行う存在であり、先ほど不本意にも会話を交わした常盤というのが「回収」を行う部署に属している。
自分はひたすらに整頓作業に追われる身なので、回収の方の仕事がいかなるものなのかは知らない。
一日に決まった数を回収し、その回収された魂を整頓する、というだけの単純なものではあるが、一度たりとも回収業のことについて聞いたことがないのだ。
上司である白瀬鼎(しらせ・かなえ)さんにも何度か聞こうとしたことはあるが、「自分の仕事で手一杯な奴に他所の話をしても意味が無い」と一蹴を食らってしまった次第である。
…その通りだから返す言葉もなかったんだよな、と一人項垂れた。
そして今現在は仕分け整頓の真っ只中な訳だが、数が多いだけで作業自体は至って簡単なものだ。
「天界行き」、「冥界行き」、「未分類」。指定された魂をその三つに分けるだけ。
普段は数百程度の数だが、何やら常盤が言うには明日の数は相当なものであるらしかった。
別に一人での作業な訳でもなし、他にも何人か自分と同じ仕事を受け持つ仲間たちはいるが、面倒だからと仕事を放置する者も何人かはいる。
お陰で明日のことを考えると憂鬱この上ない。
勿論この作業も「仕事」なわけで、サボってしまえば給料は下がる。
自分は仕事を放棄してまでやるようなことも無い。無駄に給料を捨てるくらいならば仕事に真面目に取り組むまでである。
――しかし自分の部署はそんな奴がいないのか何なのか、現時点では自分以外に誰も作業をしていないのだった。
というか、仕事場のこの大広間には自分以外の死神はおらず、大量の魂たちが浮遊しているのみだ。
「…やっと終わった」
溜め息。大分片付いていたお陰で数は少ないといえど、一人で黙々と作業をするのは辛いものがある。
この調子だと、明日も自分の部署は誰も来ないような気がしてきた。
「勘弁してくれ…くそっ、俺偉い、俺頑張った!俺は頑張ったんだ!」
『明日は回収数格段に増えるから―――』
常盤の言葉が頭の中に木霊する。
「う…うぐッ、白瀬さんとこ、行かないと」
想像するだけで目に涙が溢れてくるのだった。
「やぁやぁお疲れさまだね、すおー君!」
「あー、どうも…」
まるで幼い子供のような声色と、それに見合った「幼女」と形容するに相応しい小柄な身体。
何を隠そう、この幼女こそが自分の上司、回収と仕分け・整頓の仕事を総括する白瀬鼎さんなのだ。
「整理の方はやる気ない子多いみたいだねえ。このままだとすおー君が困るだけだし、回収の方から何人か持ってこようか」
「お気遣い有難いです…できれば、その…お願いします」
「はいはい。すおー君はがんばってるからね。君のためならお安い御用なのだよー」
白瀬さんは自分には優しく接してくれる。
まぁその、あの静まり返った広間で一人真面目に仕事に取り組んでいるのだから、それぐらいの見返りはないとここに留まっている意味が無い気もする。
…かといって、仕事を失った死神がどうなるのかはわからないのだが。
「あの、明日は回収数多いって聞いたんですけど」
「へ?誰に」
「トッキー…あっ違…常盤から」
「ああ常盤かー。うーん、確かにいっつもよりは多いねぇ。普段の三倍くらいかな」
三倍ッ…?!
「ちょ…え…」
絶望しか湧いてこなかった。自分の口が水槽の中の金魚のような状態になっているのがわかる。
「三倍、て」
だが白瀬さんはこちらの様子はあまり気にせず、腕を組んで思案顔になった。
「…んー…すおー君頑張ってるしなあ。最近ひとりの作業でも上がるの早くなったよねえ」
「え?あ…そうですか?」
「どーだろ。そろそろ回収の仕事とかいってみちゃうー?今までは回収についてなんも話してなかったけどさ」
…なんと。
まさか回収業について触れられる日がこようとは。
「回収、ですか。俺みたいなのでも出来る仕事なんですかね?」
「うん、わりと大丈夫だと思うよ。むしろ自由に動ける分整頓なんかよりずっと気が楽かもねえ。すおー君ずっと気張ってたし、なおさら」
「はあ…」
「明日は整理の方にダメなやつらまわすから、代わりにちょっとすおー君入れてみよう。そうしよう!」
「へぇ!? 明日ぶっつけでですか!?仕事内容全然知りませんよ俺」
よく知りもしない仕事に突然入れられて、ヘマをしてしまったらたまったものではない。
正直なところ、詳しい話を聞いてから…そして何日か日を置いてからにして欲しい、と思っていた。
「うーん。 実は今までもったいぶってたけど、回収って下界に浮いてる死んだモノの魂を拾ってくるだけなんだよ。だから詳しい説明っつってもにぇー…」
「…」
何やら、今までかなり騙されていたような…という気分になった。
「ああそう、その魂はあのー、武器支給されてるでしょ? すおー君のはなんだっけ、あの…あの…斧みたいな…」
「ハルバードですか?」
「そうそれ!はる………ハバルード? うん、その支給された武器に魂を吸収してお持ち帰りするだけなのー」
ハルバードと突っ込みたいが、とりあえずスルーすることにした。
それにしても、回収業とはどうやら予想外にシンプルな仕事なようだ。
一度はやってみても良いのではないか…と考えて、ふと思考を止める。
「あの、回収についてはわかりました…が」
「うん?なんだねすおー君っ」
白瀬さんはわざとらしくキリリと真剣な顔をした。
ついでに、お世辞にも豊かとは言い難い胸を張って。
「それ、まずは一日体験…みたいな感じですよね?完全に整理の方から移動とかではないんですよね」
「げっ、トッキー」
嫌な人間…いや違う、人じゃなかった。――嫌な奴に会ってしまった。
「その変な呼び方いい加減にしろ。…今日の分の整頓済んだか?」
「まぁ一応。あと少しかな」
「明日は回収数格段に増えるから早めに済ませとけ。 今日の数はそこまで多くなかっただろ、とっとと終わらせて来い」
――なんて理不尽な。少なかったのはそっちの部署だけだったんじゃないか?
いつものようにこちらの方はありえない数だったというのに。
周防と呼ばれた、黒色の衣服に身を包んだ青年は露骨に嫌そうな顔をする。
「はいはいわかりました、もう三分の二は済ませたから今から続きしてきますへーへー」
「面倒だからって雑な作業したらテメーも整頓される側にするからな」
…自分たちのような存在にも魂は存在するのか?
素朴な疑問を抱えつつ、これ以上トッキー…否、常盤と顔を合わせているのは不快なので仕事場へと足を向ける。
「全部済んだら来るように、って鼎が言ってたから忘れんじゃねぇぞー」
周防の背中に向け常盤が叫び、周防はいかにも面倒臭そうに片手を振ったのだった。
---
自分たちは世間一般的に――世間というものがどこの何を指すのかは知らないが――「死神」と呼ばれる存在である。
よくは知らないが、まぁ、そうらしい。
その死神の役割というのが、魂を回収し、仕分け・整頓した上で「天界」及び「冥界」の遣いへまとめて引き渡すこと。
俺…周防識(すおう・しき)は、その「整頓」の方を行う存在であり、先ほど不本意にも会話を交わした常盤というのが「回収」を行う部署に属している。
自分はひたすらに整頓作業に追われる身なので、回収の方の仕事がいかなるものなのかは知らない。
一日に決まった数を回収し、その回収された魂を整頓する、というだけの単純なものではあるが、一度たりとも回収業のことについて聞いたことがないのだ。
上司である白瀬鼎(しらせ・かなえ)さんにも何度か聞こうとしたことはあるが、「自分の仕事で手一杯な奴に他所の話をしても意味が無い」と一蹴を食らってしまった次第である。
…その通りだから返す言葉もなかったんだよな、と一人項垂れた。
そして今現在は仕分け整頓の真っ只中な訳だが、数が多いだけで作業自体は至って簡単なものだ。
「天界行き」、「冥界行き」、「未分類」。指定された魂をその三つに分けるだけ。
普段は数百程度の数だが、何やら常盤が言うには明日の数は相当なものであるらしかった。
別に一人での作業な訳でもなし、他にも何人か自分と同じ仕事を受け持つ仲間たちはいるが、面倒だからと仕事を放置する者も何人かはいる。
お陰で明日のことを考えると憂鬱この上ない。
勿論この作業も「仕事」なわけで、サボってしまえば給料は下がる。
自分は仕事を放棄してまでやるようなことも無い。無駄に給料を捨てるくらいならば仕事に真面目に取り組むまでである。
――しかし自分の部署はそんな奴がいないのか何なのか、現時点では自分以外に誰も作業をしていないのだった。
というか、仕事場のこの大広間には自分以外の死神はおらず、大量の魂たちが浮遊しているのみだ。
「…やっと終わった」
溜め息。大分片付いていたお陰で数は少ないといえど、一人で黙々と作業をするのは辛いものがある。
この調子だと、明日も自分の部署は誰も来ないような気がしてきた。
「勘弁してくれ…くそっ、俺偉い、俺頑張った!俺は頑張ったんだ!」
『明日は回収数格段に増えるから―――』
常盤の言葉が頭の中に木霊する。
「う…うぐッ、白瀬さんとこ、行かないと」
想像するだけで目に涙が溢れてくるのだった。
「やぁやぁお疲れさまだね、すおー君!」
「あー、どうも…」
まるで幼い子供のような声色と、それに見合った「幼女」と形容するに相応しい小柄な身体。
何を隠そう、この幼女こそが自分の上司、回収と仕分け・整頓の仕事を総括する白瀬鼎さんなのだ。
「整理の方はやる気ない子多いみたいだねえ。このままだとすおー君が困るだけだし、回収の方から何人か持ってこようか」
「お気遣い有難いです…できれば、その…お願いします」
「はいはい。すおー君はがんばってるからね。君のためならお安い御用なのだよー」
白瀬さんは自分には優しく接してくれる。
まぁその、あの静まり返った広間で一人真面目に仕事に取り組んでいるのだから、それぐらいの見返りはないとここに留まっている意味が無い気もする。
…かといって、仕事を失った死神がどうなるのかはわからないのだが。
「あの、明日は回収数多いって聞いたんですけど」
「へ?誰に」
「トッキー…あっ違…常盤から」
「ああ常盤かー。うーん、確かにいっつもよりは多いねぇ。普段の三倍くらいかな」
三倍ッ…?!
「ちょ…え…」
絶望しか湧いてこなかった。自分の口が水槽の中の金魚のような状態になっているのがわかる。
「三倍、て」
だが白瀬さんはこちらの様子はあまり気にせず、腕を組んで思案顔になった。
「…んー…すおー君頑張ってるしなあ。最近ひとりの作業でも上がるの早くなったよねえ」
「え?あ…そうですか?」
「どーだろ。そろそろ回収の仕事とかいってみちゃうー?今までは回収についてなんも話してなかったけどさ」
…なんと。
まさか回収業について触れられる日がこようとは。
「回収、ですか。俺みたいなのでも出来る仕事なんですかね?」
「うん、わりと大丈夫だと思うよ。むしろ自由に動ける分整頓なんかよりずっと気が楽かもねえ。すおー君ずっと気張ってたし、なおさら」
「はあ…」
「明日は整理の方にダメなやつらまわすから、代わりにちょっとすおー君入れてみよう。そうしよう!」
「へぇ!? 明日ぶっつけでですか!?仕事内容全然知りませんよ俺」
よく知りもしない仕事に突然入れられて、ヘマをしてしまったらたまったものではない。
正直なところ、詳しい話を聞いてから…そして何日か日を置いてからにして欲しい、と思っていた。
「うーん。 実は今までもったいぶってたけど、回収って下界に浮いてる死んだモノの魂を拾ってくるだけなんだよ。だから詳しい説明っつってもにぇー…」
「…」
何やら、今までかなり騙されていたような…という気分になった。
「ああそう、その魂はあのー、武器支給されてるでしょ? すおー君のはなんだっけ、あの…あの…斧みたいな…」
「ハルバードですか?」
「そうそれ!はる………ハバルード? うん、その支給された武器に魂を吸収してお持ち帰りするだけなのー」
ハルバードと突っ込みたいが、とりあえずスルーすることにした。
それにしても、回収業とはどうやら予想外にシンプルな仕事なようだ。
一度はやってみても良いのではないか…と考えて、ふと思考を止める。
「あの、回収についてはわかりました…が」
「うん?なんだねすおー君っ」
白瀬さんはわざとらしくキリリと真剣な顔をした。
ついでに、お世辞にも豊かとは言い難い胸を張って。
「それ、まずは一日体験…みたいな感じですよね?完全に整理の方から移動とかではないんですよね」