ナギとイザナギ
「さぎり。さぎり。きみは、いったいどうしたというの」
「ナギ」
さぎり、ではない、さぎりの身体は、こちらに向き直り、話をしてくれた。
「ナギ、わたしはククリという女神です。あなたの知るサギリはわたしの生まれ変わり。だからこそ、魂が一時的に器へ入れたのです。これからわたしは、イザナミ様の魂を封印するつもりです。あなたがたを巻き込むつもりはなかったのですが、イザナギ様の想いが強すぎて、ここまで激しくなってしまったのです。ですが、もう終わりにしませんとね」
そういって、ククリ媛は微笑んだ。さぎり、じゃないんだなぁ。わかっちゃいるけど、でも、どう見ても、さぎりなんだよなぁ。神様の世界は、わけわかんないね。
「そうか、おまえは、ククリだったのか。それで、俺は、さぎりに、あんな」
言いかけて恥ずかしそうに頭をかいていた。こういう場面で何を考えているんだか。でもわかりやすくて、いいな、このひと。
「さて。イザナミ。ククリの言うとおり、これで終わりにしよう」
イザナギさんは、大地の家宝の剣を鞘からはずし、イザナミの心臓にそれを突き刺した。
イザナミは、断末魔の声を上げ、死に際、本来の心を取り戻したようで、イザナギさんに笑顔を向けていた。
絶命したイザナミを横たえると、イザナギさんは、自分のほうへ剣先を向けた。なに考えてるんだ、この男は。
僕が走るより早く、いつの間にか回復していた大地がそれを取り上げていた。
「おっさん、なにバカやってんだよ。あんたに死なれたら、さぎりが悲しむじゃないか。なんでこんなことするんだよ」
「そうですよ、イザナギ様。なぜ、命を絶つ必要があるというのです」
大地とククリ媛の言葉に、イザナギさんは剣を落とすと、地面に膝をついた。
「人の子が1日に何人も死ぬのは、イザナミが殺していたからだ。そうなった原因を作ったのは、この俺にある。だからこそ、その責任をいつかは負うべきだと、考えていた。ナギと、さぎりまで巻き込んで、俺はなんて馬鹿だったのか」
僕がイザナギさんのそばへいったのは、イザナギさんを慰めるつもりで近づいたんじゃない。悲観するなんて、許せなかったからだ。
「いままで、強気だったくせに。いつも威張ってさ、正直腹も立ったよ。こういうときだけ悲劇のヒーローぶるなんて、僕はゆるさないから」
「ナギ」
「人の子が死んでいくのは、運命です。命は失われ、また生まれます。その繰り返しだと、国常立神(くにとこたち)さまが仰せでしたでしょう」
さぎりに乗り移ったククリ媛がそういうと、イザナギさんは袖で涙を拭きながら、言ったんだ。
「ああ、そうだった。天にまします我らの神が、そういったのだったな。長く人の世で生きながらえたせいか、忘れていたよ」
こうして、この事件は、ひと段落ついたわけだけど。
イザナギさんは、あいかわらず僕の家に居候していて、父さんの酒を盗み飲んでいる。
そして、記憶の戻ったさぎりが遊びにくると、口説こうとするんだ。
ふと思ったんだけど、もしかして、菊理媛は、イザナギさんの愛人とかじゃないのかなぁ。
だから、あんなふうに、いちゃいちゃするのでは、とね。
だけどね。
それを僕に見せつけること、ないじゃないか。
神様の考えることは、まったく、わからん。
おしまい