京都七景【第九章】
「そうですか。それなら、よかった、よかった。じゃ、あとは無理しない程度に頑張るだけだ。いやあ、ほっとしました。一時はどうなることかと思いました。顔色も悪いし、口数も少なかったから、そのまま気絶して消えてしまうんじゃないかと心配しましたよ。そういうことなら、ここで無理して食べるなんて止めて、外へ出ましょう。店に来る途中に見ての通り、ここ数日の冷え込みで南禅寺が全山鮮やか紅葉してたでしょう。ちょっと境内を散策してみませんか、きっと気分がよくなりますよ。あの、勘定のことは心配いりませんからね。俺が全部食べて払いますから」
その後、勘定のことではちょっとしたいきさつがあったが、俺が根負けして結局彼女に払ってもらうことになった。
外は、いつの間にか霧雨が降って気温も心なしか、やや下がっているように思えた。しかも、これだけの紅葉の中に珍しいほど少ない人通りである。舞台はこれ以上なく整っている、が、傘がない。このまま散策すれば、お互い濡れそぼって、彼女に風邪をひかせないとも限らない。それだけは避けたい。だが、このまま帰ってしまうのも実に避けたい。俺は苦肉の策として一つの提案をした。幸い今日の彼女はスラックスである。
「山門に上りませんか。山門の上からなら雨にぬれずに全山の紅葉も見渡せるし、高いところから下を見れば気分が変わるかもしれませんよ」
彼女は俺の言葉を聞いて、さっと青ざめたようだった。俺は、それを見て、またやってしまったかな、と思った。どうも自分は人の微妙な心理を読むのが苦手なようだ。俺はすぐに言いなおした。
「あの、気が進まなければ、やめましょう。ちょっとした思いつきなので気にすることはありません。寒いし雨も降っているから今日はもう、これで帰りましょう」
ところが意外にも彼女はこう言った。
「いいえ、上りましょう。実は高いところ、嫌いじゃないんです。それに全山紅葉なんて、ぜひ見てみたいな。でもちょっと足もとが心配なので、上る時支えていただけます?」