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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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 そう言った北島さんの言葉に、柿原さんが「ふぅ」と熱っぽい吐息を吐き出して言った。色っぽい。
「先月はあんなに忙しかったのにねぇ。私なんか引っ張りだこだったわ」
「しかも料金が低い依頼ばかり」と、頭をがっくりと落とすにゃん子さん。その仕草が、落とした向日葵の種を探しているみたいで可愛らしい。
「そこんとこどうなんですか、尾路山さん」
 突然、北島さんに話を振られ、せかせかと書類の整理に勤しんでいた俺は「へい?」と、下町の大工のような(勝手な想像)返事が口から出してしまった。
「この会社の財政事情ですよ。ぶっちゃけると、やばいんじゃない?」
「いや、そうでもないよ」
「ウソォ!?」どこまで信用ないんだこの会社は。
「ホントだって。元々ウチは少数精鋭でチームを組んで出張してるだろう? 登録社員の数も少なくても機能してるし、ここのメンバーも個々の能力が高いからいろんな仕事を受注できるし」
 この会社では、依頼を受けるとネット上の自サイトの専用ページ(登録社員とアルバイター専用)に募集広告を載せ、人数が集まり次第出張する。その際、正社員(このオフィスにいるメンバー)がチーフとしてメンバーの統制を取り、依頼を完遂する。そんなシステムなっている。
「それに、今回でかい仕事が入る予定あるんだ」
「へぇ? 誰から聞いたんですか?」
「それはもちろん社」と言おうとしたところで、バタンとでかい音を鳴らして、
「たっだいまー! みんなー! 聞いてくれー!」
 とジャイアンリサイタルでも始めるのかと思わせる声量と共にオフィスに小太りの男が入ってきた。
「あー、お前は相変わらずうっせぇなぁ」
「なんだよ、尾路山。お前は相変わらずみすぼらしいな」
 へっ、と鼻で笑って俺と軽口を交わす彼は、社長の丸腹翔輸(まるはらしょうゆ)だ。元気ハツラツゥーな彼は俺と同い年で、三十になったときにこの会社を立ち上げた。こいつ自身は何もできない役立たずなのだが、人を見る目があるようで、今ここのオフィスにいる優秀なメンバーを集めたのが彼だった。みんなからは(影で)丸焼きとか、醤油焼きとか磯部焼きとか、ドネルケバブとか、好き放題に呼ばれている。
「ちょうどいいや、丸腹。今みんなに例の仕事の話をしてたんだよ」
「えっ!? なんだよ、俺が最初に言いたかったのになぁ」
「誰が言おうと同じだろうが。ほら、さっさと会議始めよう」
 俺が急かすと、仕方ないと言って全員に会議の号令をかけた。このオフィスは会議室も兼ねている。各々、メモ用の筆記用具やらノートやら、ホワイトボードを持ってこようと動き始めた。
 ――の、だが、
「あーあー君たち」もったいぶりながら丸腹がコホンと咳を一つして、言った。「その場から動かなくていい。こちらへ注目してくれれば、それでオーケーだ」
「どういうことっすか?」
 伊田君の問いかけに「うん」と頷いて、机に置かれていた黒い四角い何かを握り締めるとおもむろに天井に掲げるように持ち上げて、
「スゥゥイッッチ、オォォーーン!!」とか叫びやがった。自分の年齢を考えやがれと言いたい。
 ピッと音がしたとと思ったら、ブィーンという鈍い機械音を鳴らして窓枠に設置してあるブラインドが勝手に下がり始めた。そして、ブラインドが下がりきった瞬間、突然部屋の電気が消えた。「ひゃあ」というにゃん子さんの悲鳴が聞こえる。
 それに続いて、社長の後ろ天井からスクリーンが下りてきた。どこからともなく照射された映像が、スクリーンに映し出される。
「おい、丸焼き。暗くて作業できんぞぉ」
「尾路山さん、ツッコミどころが違います」
「丸焼きゆうな! てめぇなんてゲロ山だろうが!」
「ヒュー、かっちょいい!」
「……何だか、そういう気分が……ふぅ……出てきてしまいそうだわ」
「く、暗いのは苦手ですぅ……」
 三者三様というか六者六様に、いつもと違う会議の仕様に驚きを表す。それを纏めたのは、北島さんだった。コスプレイヤーというのは統率力が必要なのだろうか。
「ちょっと! みんな静かにして! そんでもって、社長! これどういうことですか!?」
「これって?」とキョトンとする丸腹。その様はもう、巨豚(きょとん)である。
「こんな設備をいつの間に設けたんですか! 私たち聞いてないですよ!? っていうか、お金はどこから出したんですか!!」
「もちろん経費でだよ。尾路山に相談したら案外簡単にオーケー出ちゃったんだけど」
 俺がデスクスタンドをつけて書類にサインをしていると、北島さんが急にキッと睨みつけてきた。えっ、何、今何話してたの?
「ぬぅわんで! オーケー出しちゃったんですか!」
「ぬぅ……? ああ、えっとこのプロジェクターとかのこと?」
「そうです!」
「いや、あのね、さっきも話したけど、ウチってそんなに金に困ってないから。それとさ、今から会議する依頼の報酬がヤバイのよ」
 だから落ち着いて、と何とか北島さんを宥める。「それじゃあ会議始めていいかな」と、のほほんとのたまいやがる丸焼きが腹立たしいことこの上なし。
「社長、報酬って幾らなんすか?」
「待て待て、順序どおり仕事の内容からだ」
 ブルブル震えるにゃん子さんに細い棒のようなものを要求して、結局自分の引き出しから指揮者が使うようなタクトを取り出すと、スクリーンにそれの先端で指し示した。最初からそれを使えよ。
「では、今回の依頼内容だが」
 俺が以外のメンバーに緊張が走るのがわかる。俺は隅っこの席で、そんな彼ら彼女らの様子を傍観していた。
「なんと……猫探しなのだ!」
 その一言に、みなが騒然とする――はずもなく、呆然としていた。
「猫、探し?」にゃん子さんがうわ言のように呟く。
「そう、猫探しだ。みんなの気持ちはよく分かる。とんでもない依頼金だと聞いて、その依頼内容を聞いてみれば、まさかの猫探し。社長は頭がとち狂ったんじゃないのか、と思っているんだろう?」
 それを聞いて、四人とも頷いた。俺は付箋を探すのに忙しいし、元々依頼内容は聞いていたので驚かなかった。あれ、この引き出しに入れてた筈なのに……忘れっぽいのは、やっぱ歳か……。
「それで、社長、依頼金ってなんぼなんですか?」
「うむ、聞いて驚け! 百万円だ!」
 全員が後ろ髪を引かれたように、仰け反り、今社長が放った言葉は本当に日本語? って顔をしている。さすがに俺もその話は無視できなかった。
「あれ、丸腹。五十万円じゃなかったっけ?」
「それがだな、さっき依頼主から連絡があったんで直接会いに行ったんだが、その依頼主はとんでもない成金ばば……コホン、成金さんでな」いや、言い直したようで、全然直ってないから。「馬……コホン、アホみたいに猫に溺愛していたっちゅーわけなのだ」
 そういうことか。何だか出来すぎた話しのように思えるけど。
「何だか漫画みたいな話ね。それで、私たちが何をすればいいのかわかったけど、期限はいつまで?」と柿枝さんが丸腹に尋ね。すると、「それがね」と頬をぽりぽり掻いて丸腹はとんでもないことを言った。
「今日の夕方まで」
「……え?」と呟いたのは誰だろう。もしかしたら全員か。
 ちなみに、現在十二時四十分である。