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ＰＭ６：１５

「さてと」
　コンビニを出た後は住宅街へ進んだ。住宅街の奥へ奥へと進んで一際大きな道に出たところで足を止める。
　メモ帳を確認。ここが終着点のようだ。
「おーい、伊田君。終了だー」
　やーっと終わった、と気が抜けて腕を回して肩を回す。苺牛乳を啜りながら辺りを見回してみるが、伊田君が出てくる様子はない。
「んー？」
　もしかして見失ったのか？　と思ったが曲がり角から“ソレ”がひょっこり顔を出した。なんだやっぱり伊田君いるじゃないか。
　俺は携帯を取り出して伊田君にコールしてみることにした。
「おい、伊田君」
『はい、伊田っす』“ソレ”が揺れた。
「終わったから出ておいで」
『……んふふふ』
「あ？」
　突然不気味に笑い出す伊田君。今日の伊田君は気持ち悪いなぁ……。
『ゲロッチ、俺がどこにいるかわからないでしょう？』
「いや、バレバレだから。あと尾路山と呼べ」
『わかるんなら、当ててみて下さいよ！　外れたらにゃん子さんは俺のものっすからね！』
　……そういうことかい。「そういうこと間違ってもにゃん子さんの前で言うなよ？」
　というわけで、さっさと終わらすために伊田君の前に現れることにする。何を根拠に自信があったのかわからないが、やはり路地を曲がったところに伊田君はいた。
「なっ、嘘でしょっ！？　なんでわかったんすか？」
　信じられないとでも言いたげなその表情に、思わず溜め息が出てしまう。
「あのな、伊田君。素人目だが、確かに上手に尾行していたと思うよ。相手がゴルゴでなければ大方ばれないだろうさ。伊田君の全身を見たのはコンビニの時と、この瞬間だけだし」
「じゃ、じゃあなんでわかったんすか？」
「それはな」俺は“ソレ”に向かって指差した。その逆さにした斧の刃ばみたいな、金色の扇方の髪の毛を。「そのモヒカンが視界をずっとチラついてたんだよ」
　伊田君、はっとして頭を押さえる。「う、ウッソォ！？」
　彼の格好を改めてみると、今日は全身を地味な服装で決めていた。地味すぎず、派手すぎず。普段のドクロＴシャツにドクロアクセサリを一切合財外して、ワンポイントのＴシャツなんかはありふれていて記憶に残らないだろう。尾行用に自分なりに考えた服装なのだろうが、いかんせんその毛髪の形状が目立ちすぎていた。
「なんでそのモヒカン、直してこなかったのさ」
「いやだって、モヒカンですよ？」
「なんだそのモヒカンなら全てを許されるでしょう？　とでも言いたげな台詞は！　そのモヒカンが目立ちすぎるんだよ！　お尻隠して頭隠さずだよ！　しっかりしろよ伊田君……」
「ちょ、ちょっと待ってください！　今度から今度から気をつけますから！」
「気をつけても駄目だろぉ。路地を覗き込むときとか頭を傾げるだろ？　その拍子にモヒカンが大幅にははみ出ちまってたんだって」
　ぐっと喉を詰まらせた伊田君は、突如近くの電信柱まで走って行って影に隠れだした。
「どうっすか！？　全然見えないっしょ！？」
「いや、見えてる」
　モヒカンの角先が前方後方どちらもひょっこりと出ていた。
「じゃあ、どうしたらいいんですか！？」
「いや、そのモヒカンを降ろせばいいと思うよ」
　影から出てきた伊田君は涙目になりながら訴えてくるが、俺は正論で突き返した。
　しかし、
「モヒカンだけはっ、モヒカンだけはぁぁッッ！！」
　と殺戮者に命乞いでもするかのように頭を下げるのだった。数年一緒に働いてきたのに、急に遠くへ行ってしまったかのように、感じるよ伊田君……。
「しかしなんで、そんなにモヒカンに執着するんだい？」
「……そ、それはっすね」顔を上げて語りだした。「やっぱモヒカンってカッコイイじゃないっすか」
「いや全然」
「それもあるすけど」無視かよ。「にゃん子さんが入社して初めて声をかけたとき、『その頭、おっかしい』って微笑んでくれたんす。だから俺はこの髪型を変えることはしたくないんす」
　そのにゃん子さんの台詞は間違いなく皮肉だろう。
「ちなみに伊田君はにゃん子さんに一目惚れだったんだね」
「えっ、何でわかったんすか！？　話しましたっけ？」
　恋は盲目にするんだネー。怖いワー。
「とにかく、俺はにゃん子さんのためにモヒカンを止めるわけにいかない……ってゲロッチ、どこ電話してるんすか？」
「ゲロゆうな。にゃん子さんのとこにだよ」
　えっ、なぜ！？　と驚く伊田君に現実を見せてやるためだ。携帯の音量を最大にして、にゃん子さんの声が伊田君にも聞こえるようにセットして、向こうが出るのを待つ。
　プ、という音が聞こえた後、にゃん子さんの声がスピーカーから溢れ出てきた。
『はい、もしもし。どうしたんですか？』
「どもども。ちょっと訊きたいことあるんだけど」
　ちょっとちょっと何羨ましいことしてるんですか！　と手を伸ばしてくる伊田君の頭を腕で牽制しつつ、にゃん子さんに尋ねる。
『なんですか？』
「伊田君のモヒカンのこと好き？」
　突然、アッハハハハハハ、とスピーカーから笑い声が上がる。何を勘違いしたのか伊田君はそれ見ろ、といった表情だったが次に発せられたにゃん子さんの言葉によって動きを止めた。
『まさか、そんなことあるわけないじゃないですか！　あの優顔にモヒカンは合わなさすぎるでしょう！』
「だよねー。いやありがとう、それだけなんだ」
『そうなんですか。変なこと訊きますね。それじゃあまた明日』
「おうまた明日」
　挨拶を済ませ携帯をポケットに仕舞う。
　伊田君はぷるぷると震えて、放心状態だった。
「まっそういうわけだ。無理に止めろというわけじゃないけどさ、調査業務を担当する日ぐらいモヒカンは降ろしなよ」
　言うが、しかし伊田君からの返事がない。どうやら屍になりかけているようだ。
　と、突然伊田君は自分のモヒカンを掴んだ。
「えっ、どうした伊田君！？」
「…………に」
「に？」
　伊田君は昏い眼差しを地面の一点に浴びせ、目の端には涙滴を溜めていた。うーん、……やりすぎたかな？
　俺が慰めの言葉をかけようとしたとき、
「……にゃん子さんの」
　瞬間、モヒカンを掴んだ拳に力が込められるのが見て取れた。

「にゃん子さんのいけずぅぅぅぅぅぅーーーーーッッ！！」

　ブチブチブチブチィィィッッ、と君の悪い音と共に、抱くんの金髪の一部が理不尽な力によって昇天召された。つまり引っこ抜かれていた。拳の隙間から、ハラリと落ちた毛が風にのって陽が落ちようとしていた西へと飛んでいった。
「い、伊田君……？」
　声をかけるが、鈍い反応しか返ってこなかった。「……はぁ……はぁ……」という荒い息とともに伊田君は顔を上げた。
「ゲ……ゲロッチ……」
「伊田君！　大丈夫なのか！？」
　不意にぐらりと体が傾いた。俺は急いでその体を受け止める。
「し、しっかりしろ。伊田君！　ま、待ってろ今、救急車を！」
　……って、来るわけねー！！
「ゲロッチ、俺……」
「ああ、なんだ！　どうした！？」
「……やりま、した、よ……」
　そう言って親指を立てて見せた。そんな戦場で殺された仲間の仇を取るために全戦に突っ込んでいって奇跡的に生きていたのだがその命も残り僅かといった様子だが、死んだのは君のキューティクルだぞ伊田君。