小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

マチジカン

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
 Case 1.


 待ち合わせの時間は午後六時半。
 現在の時刻、午後五時五十二分。


 待ち合わせの時間の三十分以上前に、私は約束の駅前に立っている。
 何故そんな早くから待ち合わせ場所に来ているのかというと、理由は単純。待つのが好きだからだったりする。
 何も周りにない場所での待ち合わせの場合は、本を持参して時間を過ごす。読み掛けの本だったり、新しく買った本だったりすることはあるけれど、原則荷物が重くなるのはいやなので、文庫本を選ぶ。読みかけの場合だったらノベルスサイズまでは許容範囲。読み掛けがハードカバーだったらおとなしく別の文庫本を選んで持ってくる。そうして、待ち時間を読書に使うというのは、待ち合わせ場所に来るまでの電車の往復時間も含めると、意外にいい読書時間になったりするから嬉しい。本を読めそうにない場合だと、携帯音楽プレイヤーを持参して音楽を聴くこともある。
 ところが今日の待ち合わせ場所は、人通りの多い駅前だ。街の中で待ち合わせをするときは、本も音楽も要らない。そして時に、その待ち時間は本よりも面白かったりする。


 駅へ向う人、出てくる人、駅前を通りすがる人、そして私のように、待ち合わせをしてる人と、様々な人間がこの駅にその瞬間居合わせる。それを、私は新しく工事されたばかりのコンクリートの屋根の下で眺めている。
 脱いだスーツを小脇にか掛け、暑そうに汗を拭きつつ駅から出てくるサラリーマン。三十代半ばくらいか、働き盛りな年齢の男の人だ。正直ご苦労様だなーと思う。純粋に。働く人の苦労は実際学生の身分である私にはわからない。その上、この暑いのにスーツなんてやってられないよなあ。これからどこか喫茶店ででも涼んでいくつもりだろうか?
 そのサラリーマンは、屋根の下――私の隣に立つと、スーツの内ポケットから携帯電話を取り出した。どうやら着信があったらしい。
「はい。もしもし。……あ、エミちゃん? どうした? ……今夜? ……うん。うん、大丈夫。じゃあ七時にいつものとこで」
 隣りで喋られるので、嫌でも会話が丸聞こえである。相づちだけならまだしも、なんだか会話の内容が推測されてしまうひとりごとである。おそらく彼女からのデートのお誘いなんだろうなあ。仕事に恋愛に、充実した毎日を送っていますということなんだろう。
 そのサラリーマンは、携帯を切ると、今度は別のところにダイヤルをはじめた。何度か呼び出し音を待つくらいの時間がして、彼は口をひらいた。
「もしもし、俺。今夜残業はいっちゃって、帰るの遅くなりそうなんだ。…え? うん、夕食もいらない。……文句ばっか言うなって。俺も仕事だって言ってるだろう。……ああ、もう切るぞ」
 彼は、不機嫌そうに一方的に電話を切ると、何事もなかったかのようにすたすたと私の隣を立ち去っていった。
 ……えええええ。ちょっと、そういうこと??
 こうやって、時々他人の、人には公にしてない事情まで覗けてしまったりすることもあるから面白い……もとい、恐ろしい。


 待ち合わせ時間まで、後二十分。




作品名:マチジカン 作家名:リツカ