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りんごの情事

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***************

「くーちゃんさ、明吉と連絡取ってたりする?」
 ホテルにて、仁田村が言った。夕食を終え、シャワーを浴びて髪を乾かしている最中の二人。甲子園の番組開始までまだまだ時間がある。
「はい。取ってますよ。昨日、甲子園行くんで頑張ってくださいって、メール送りました。」
 実はつい先程も「おめでとう」メールのやり取りをしたばかりである。
「なるほどね。なんか今日の明吉の迫力が凄かったのはそういうことか。」
「どういう意味ですか?」
「明吉はくーちゃん好きだからね。好きな子が来てるって知ったらそりゃぁ張り切っちゃうでしょ。明吉は昔からそういう奴だよ。」
「へぇ。」
 特に動揺する様子も見せずに來未は頷く。仁田村にそう言われても、來未には照れてしまうとか、恥ずかしいとか嬉しいとかそのような感情が一切湧いてこない。今のところ、もうそういうのは結構である。しかしながら、自分がいることで明吉が最高の調子になるのならば、それで良いと感じられた。
「正式にオーサキ君と別れたんだったら、くーちゃんは明吉と付き合えば良いのに。ムサシの散歩中に会ってるんでしょ。」
「それは前にも云った通り、別の話ですよ。なんていうか、なかなか気持ちの整理を付けるのが難しいんです。しばらくは恋なんてしません。」
「上書きしちゃえばいいのに。人間ってそういうもんですよ」
「簡単なことがささやかな理由で出来ない。それもまた人間ってもんですよ」
 ひらりと返す來未に対して、仁田村は少々意外そうな表情を見せた。そして、にやりと笑って見せてから一言、
「くーちゃんやるな」
と言うと、來未は微笑みながら
「どういたしまして」
と言った。仁田村とは大分心の距離が近付いてきている。りんご荘の中では一番來未が打ち解けられる相手だ。良き相談相手でもあり、遊び相手でもある。大崎から連絡あった数日後には、課題制作を終えた仁田村に話をしていた。
「でもさ、明吉、このまま行くとプロ野球選手になるのかなぁ。」
「わぁ、それはすごいですね。…すごいですね。」
「知り合いがプロ野球選手って、凄くない?くーちゃん、プロ野球選手の奥さんなんてどう?セレブ妻だよ?」
「だからそれはまた別の話ですよ。」
 にっこりほほ笑みながら來未は応える。仁田村は「はいはい」と軽く相槌を打ちながら濡れた髪をタオルで拭く。そしてドレッサーの前に座り、肌のケアを始めた。
「あ、そういえば、明日はアリスも来るよ。」
 來未にとってはGWぶりに再会するアリス。わずかな時間しか顔を合わせていなかったが、明るくて心地よいお姉さんという印象で、來未は好きだった。
「一生懸命政宗がアリスにオファーしてたみたいだけど、アリス、休みもらえたみたいで良かった。」
 來未はベッドに仰向けになって横たわり、テレビを見つめていたが、段々と眠気に包まれていった。甲子園番組で明吉の評価を見るまでは寝まいとしていたが、仁田村が化粧水をつけるのに大人しく静かになってしまっているのも相俟って、眠りへと落ちて行った。明日の試合を日本全国の人達はどう見るのだろう。少しでも多くの人達が、明吉達のことを応援してくれれば良いのに。明吉に望む結果が届けば良いのに。
 あのジャイアンツの帽子を返す時、お互いに気持が良い状態でいられれば良いのに。

***************

 翌日。今日も政宗が席を取ってくれていたので、仁田村と來未はのんびり朝食を済ませ球場へと足を運んだ。アリスが来るということなので、龍も政宗と一緒に席を取りに行っていた。仁田村たちが政宗たちのところに辿りついた時には、龍の隣に白いワンピースに鍔の広い麦わら帽子といういでたちのアリスが待っていた。
「そこそこ近いから電車で来ちゃった。」
「良く休みとれたね。なんて言って休み貰ったの?」
 仁田村がアリスの隣に荷物を降ろしながら尋ねた。
「甥っ子が甲子園に出るって言ってきた。天下の榎本明吉が私の甥っ子って言ったら、休みくれたわ。」
「よく皆信じたね。」
 仁田村は少々あきれた様子で言った。だが、アリスの大胆さに慣れている仁田村には懐かしい感覚だった。一方で免疫のない來未は口をポカンとさせてアリスの話を聞いていた。
「まぁ、若い頃の明吉の写メとか持ってるしね。それを見せればまぁ、イチコロね。」
「ずるがしこいおばちゃんだこと。ねぇ、政宗。」
「確かに。明吉のことを甥っ子っていうなら、当然兄である俺もお前の甥っ子になって、あれだな、アリスは俺のおばちゃんってことになるな。なーおばちゃん。」
「そもそもはあんたが毎日のように私に電話かけてくるから、私しっかり頭を使って頑張ったというのに。あんたからおばちゃん呼ばわりされるなんて心外だわ。」
 手の甲に頬を乗せて、ふてくされた様子でアリスは言った。
 そしてしばらくすると、昨日のように選手達が挨拶にやって来た。日に焼けて小麦色をした球児たちの表情は昨日よりも自信に満ち溢れているような気がする。特に明吉の表情が昨日よりもよく見える。秀麗高校は名門とは言われているが、決して甲子園常勝校と言うわけではない。以前甲子園に出たのは十数年前である。今ここにいる球児達は、彼らがどこまで勝ち進んだか、ということは記録上では知っていてもきっと十数年前に甲子園に勝ち進んだ者たちのことなど知らないだろう。
 相手は甲子園で優勝したことがある強豪校吾妻大付属高校。昨晩は眠気にやられ、甲子園番組を見れなかったので、朝、ホテルに備わっていたスポーツ新聞に描かれていた記事の情報だ。來未自身、こんなに甲子園を夢中になって見たことがなかったので、相手高校の凄さがいまいちよく分かっていなかった。仁田村はどうやら知っているらしい。去年も出場したし、一昨年も出場していたらしい。昨年は準優勝、一昨年は優勝している。そんな強豪が相手なのだ。同じ土俵に立ててるだけでも凄いのだから、勝てずともせめて1点でも取れれば万々歳であろう、というのが仁田村だけでなく世間の意見だ。ぽっと出の秀麗学園よりも昨年の悲願達成を望まれる吾妻大付属高校に世間の情が向く。
 しかし、秀麗学園は絶対に勝たなきゃいけない、と來未は思っていた。いくら相手が優勝を望まれている高校だとはいえ、その舞台に立った以上は、勝たなければならないはずだ。多くの球児達が夢見る場所であり、志半ばで足を運ぶことすら出来なかった者達も多くいる。非常に厳かな場所であるが、雰囲気に飲まれてはならない。
 秀麗学園は、ぽっとでの番狂わせ役として、今年の甲子園を最後までひっかき回さなければならない。そして、野球の名門と言われているからには、その努力の成果を世間に知らしめなければいけない。更に大切なことは、自分のために頑張らなければならない。自分がこの夢の舞台に辿りつきたいという目標を持った責任を、勝利という形で果たさなければならない。
 2回裏の先頭打者で、吾妻大付属高校の先頭打者が外野席に向かって大きなアーチを描いた。ホームランだ。次の打者は強烈な三遊間ライナーを放った。そして、次の打者がスクイズを決めた。更に、タイムリーヒット。極めつけに、本日2回目のホームラン。この回で一気に3点が入った。
作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴