無題
朝、大輝はアラームの音で目を覚ました。
桜花は結局、涼を選んだ。「大輝に会えなくて寂しい毎日はもう嫌だ。大輝の事を嫌いになった訳じゃないけど、今は涼の方が大切で、涼の方が好き。」そう言って大輝と桜花の恋は幕を閉じた。
大輝は昨日、自分がどうやって帰って来たのか覚えていない。気が付いたら部屋に戻っていて、ずっと泣いているうちに眠ってしまっていた。
寝て、起きても大輝の悲しみや悔しさ、怒りが紛れるわけでもなく、起きてからも涙が止まる事はなかった。
昨日の時点では別れた事に実感がわかなかったのに、朝になって「おはよう」の挨拶メールが届いていない。昨日、桜花のアドレスや番号も消してしまった。自分のケータイのメール受信フォルダや、待ち受けにしていた桜花の写真を見る度に、「ああ、別れたんだ。」と改めて実感がわき始めてきたのだ。
大輝は泣きすぎて頭が痛かった。学校も休んでしまおうかと悩んだが、その日は軽音楽部の練習の日だった。バンドメンバーにも迷惑をかける訳にもいかないので、学校に行く事に決めた。
もちろん、授業はボーっとしてちゃんと聞いていなかった。昼休みも食欲がなく、ただボーっと過ごしていた。
放課後、部活の時間になった。早く部室へ向かおうと大輝は足を速める。部室に着いて、大輝は鍵を取りに行くのを忘れた事に気が付いた。「はぁ。」と小さく溜め息をついて、鍵を取りに行こうと後ろを振り返った。すると後ろには雨音の姿があった。
「あ!大輝くん!!早いねぇ!!大輝くんのパートドラムだよね??準備手伝うよー!」
ニコニコと元気に笑いながらそう言って部室の鍵を開けている雨音の姿を見て、大輝の目から涙が溢れた。
「えっ、大輝くん・・??えぇ・・どうしたの??」
号泣する大輝を見て、雨音は動揺した。
「と、とにかく!こっち!こっち行こう!お話、聞くから!!」
雨音は大輝の手を引っ張って、階段の最上階の踊り場まで移動した。大輝が落ち着くまで、雨音は大輝の手を握って静かに待っていた。
「大輝くん、何があったの?私、何かしちゃったかな。」
「桐谷が桜花・・別れた彼女に似てて・・・ごめん・・・。」
「別れた彼女さんに?」
「あぁ・・・。昨日別れたんだ。・・・学校の、部活の先輩と浮気してた。」
「え・・浮気?他校だよね?」
「他校だよ。こうなったのは俺が悪いんだ。俺がバイトばっかで、寂しい思いさせて・・・あいつの予定に合うようにシフト組んだり、何かしらできたはずなのに・・・。」
そう言って、大輝はまた涙を流した。
「そんなにバイト入れてたんだ。」
「同棲する為に・・・貯金、してたから・・・。」
大輝が泣く横で、雨音も大粒の涙を流した。そして、雨音は大輝を強く抱きしめた。
「大輝くんは・・・何も悪くないよ・・・。彼女さんとの為に今まで頑張ってきたんだよね・・??しっかり将来の事も考えて・・。なのに・・・なのに・・。」
そう言って雨音は大泣きし始めた。
「なんで、桐谷が泣くんだよ。」
「だって、こんなの、大輝くんが不憫すぎるよ・・・寂しいからって他の人の所に行っていいの?それは違うじゃんか・・・。」
そう言って雨音は更に泣いた。2人は抱き合いながら気が済むまでひたすら泣いた。
ずっと泣き続けて、落ち着いたころに雨音は笑って言った。
「なんかごめんね!私まで泣いて・・・。あーあ、こんなに泣いちゃって、目腫れちゃうなぁ。大輝くん、そろそろ戻ろうか!練習する時間無くなっちゃう!」
そう言って雨音は立ち上がり、大輝に手を差し伸べた。
「ごめん。それと、ありがとう。」
立ち上がった大輝はそう言って笑顔で雨音の頭を撫でた。
「大輝くん・・・笑った!!わぁ・・私に笑顔見せてくれたの初めてだよね!・・なんか嬉しいや。」
そう言って、雨音ははにかんだ。
部活が終わって帰る頃には、不思議な事に大輝が雨音に桜花を重ねて見てしまう事はなくなっていた。
その日、雨音と大輝は初めて連絡先を交換した。そして初めて2人は同じ部活のクラスメイトから"友達"になった。
「これからよろしくね!」
そう言って雨音はニコニコしていた。
「おう。一緒に帰るか?飯奢るよ?」
「おっいいのですか~?じゃあ、遠慮なく~♪」
雨音はニコニコしておどけて見せた。
大輝には雨音の笑顔が太陽のように眩しく感じた。
「桐谷ってよく笑うよな。全然雨音ってカンジしないな。むしろ太陽ってカンジ。」
「女の子で太陽って!んー、でもよく言われる!」
そう言って雨音はまた笑った。
「でも大輝くんは名前通りの人だよね。笑うと、すごく輝いて見える・・・。」
「え、俺が?」
大輝は自分が雨音に対して思っていた事を、雨音が自分に対しても思っていたことに驚いた。
「うん。私は、その笑顔撮っても好きだよ!」
大輝は人からそんな事を言われた事がなく、なんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
「大輝くんの笑顔見たいし、これから毎日後ろからくすぐろうかなー?」
「ちょ、やめて!俺、くすぐり弱い!」
「おりゃ!ここか!?ここか!?」
「ちょっっ!桐谷、や、やめっっあひ、あひゃっ・・・」
「大輝くん、何その声!あひ、あひゃって!」
そう言ってじゃれあいながら、2人は笑った。
雨音は気を使ってくれているのだろう。そんな雨音の優しさが大輝は嬉しかった。
2人が晩ご飯を食べ、帰宅した後、大輝のケータイに雨音からメールが届いていた。
『やっほー!雨音さんだよー!今日はごちそうさまでした!またごちそうしてね♪あっ、何なら遊びに連れて行ってくれてもいーよー!(笑) とりあえず、今日はお疲れさまでしたっ!』
雨音からのメールに大輝は大急ぎで返信した。
『今日は付き合わせてごめんな!今度またどこか行こうな!』
それだけ書いて送信ボタンを押すと、大輝はベッドに寝転んだ。
「遊びに・・・かぁ。」
何処に行こう?映画?遊園地?ショッピング・・・?どうしたら桐谷は喜ぶだろう?そんな事をずっと考えているうちに大輝の顔はいつの間には笑顔になっていた。