アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
予想はしていたことだったが、被害を受けたのは自分だけでは無かったようだ。
三回ノックをしてから第二音楽室に入ると、第二音楽室で練習中のコーラス部一年生達のうち数人が、暗い顔をしている。
『練習中』という感じでは無かった。
その違和感の元に、祐一は直ぐに気付いた。
というより、ある程度予測していた。
足元だ。
本来上履きを用意する桜丘学園内において、スリッパを用意するべき場所は少ない。
彼女たちの足元がスリッパになっていると言うことは、上履きが見つからなかったのだ。
「あ、藤井くん、おはよう」
平家が声を掛けてくる。
「あぁ、おはよう。何かおかしな雰囲気だな」
「……うん。上履きが、盗まれちゃって」
平家の足元もまた、スリッパになっている。
「しかも、数人のを除けば『内部生』のばかりね。空手部もやられたって」
祐一の問いに答えた平家の言葉に、尾形が付け加える。
そういう尾形の足元も、スリッパ。
思いの他大勢がやられているらしい。
「藤井くんは、大丈夫だったんだね」
『代わりにねちっこいラブレターをいただいたけどね』と言いかけて、慌ててやめる。
例のメッセージの件は、一旦黙っておいた方が良さそうだ。
「上履きだけか?何か他に、いたずらされたりとかは?」
「今のところ無いんだけど、こうなると黙ってもいられないから、一応先生には報告したところ。フジさんと由美ちゃんセンセが言うには、『暫く南京錠をつけるか、先生たちのロッカーを使うように』だって」
尾形が、憤懣やるかたなしといった様子で眉間にシワを寄せる。
教員用の下駄箱は事務員室の受付の近くにあるため、誰かが上履きを大量に持ち運ぼうものならばそれは容易に発見できる。
その為の措置だろう。
「コーラス部と、空手部だけなのか?」
「全員を確認したわけではないけれど、殆どはそうみたいだね」
祐一の言葉に、平家が答える。
「……なるほどね」
空手部とコーラス部の一年、しかも、祐一以外は数人の『外部生』と、多くの『内部生』に偏った行為。
大筋は見えてきた。
もしかしたら、時間さえあればもう、犯人も絞れるかも知れない。
次は、『この後』どうなるかだ。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之