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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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「お邪魔します」
 玄関で一礼して、祐一は靴を脱ぎ、上がる。
 平家が、直ぐに祐一の靴を玄関側に向けて揃えた。
 平家は日本風の礼法をそれなりに知っているらしい。
 或いは、桜丘学園は一貫校なので、幼稚舎や初等部などで教わるのかも知れない。
「あずさ、部屋で先に着替えていらっしゃい。お母さん、藤井さんとリビングにいるから」
「……はい。じゃぁ、後でね、藤井くん」
 平家……あずさが軽く頭を下げて、玄関脇の階段から二階へ上がっていく。
 入れ替わるように、小学生くらいの男の子が階段を降りてきた。
「…こんばんは」
 少年は丁寧にこちらに向けて礼をすると、階段を上がっていった姉の後ろ姿と、祐一の方を交互に見遣る。
「こんばんは。あずささんのクラスメイトで、藤井と言います。弟さんですか?」
 目が合ったので、少年に向けて挨拶する。
 少年は少なからず衝撃を受けたようで、目を丸くしながら小さく二度頷いた。
「はい、明良(あきら)です。初めまして」
「あぁ、ちょっとした都合でお姉さんを送ってきただけで、彼氏とかじゃないよ。俺のことは気にしないでね。……何か、お母さんに用事じゃないのかな?」
 明良の言葉から『姉と親しい人』に対する『色』が視えたため、軽く修正する。
 祐一の言葉を受けて、明良は思い出したように母親に声を掛けた。
「あ、お母さん。ちょっと分からないところがあるんだけど…」
「あら、そう。ちょっと待っててね。お母さん、藤井さんにお茶をお出ししてから行くわ」
「はい。分かりました」
 明良は母親の言葉に答えると、祐一に軽く会釈をして階段を上っていく。
「熱心にご教育されているんですね」
 祐一は、明良の態度に軽く思うところを持ちながら、母親に話しかける。
「え?いや、そんな事はないと思うけれど。さあ、こちらへどうぞ」
 案内されている間にも、平家宅のレイアウトを覚えて行く。
 この近辺の家の中では、随分大きい。
 建てたばかりと言うわけではないようだが、ガレージの脇を抜けていくタイプの玄関で、地下室も有るようだ。
 リビングに通された祐一は、そこで新聞を置いて立ち上がった一人の男性に出迎えられた。
 年の頃は五十代に差し掛かったところだろう。
 但し、姿勢は正しく堂々としており、同じ年齢の白髪の混じったその痩身の人物から普通の人間がイメージするであろう少々弱々しい姿と比較すると、少し違和感を覚えるほどの貫禄と、精悍さがある。
 この大きな家といい、サラリーマンだとすると相当なやり手だろう。
「初めまして。平家健一です。娘を家まで送ってくれたそうで、ありがとう」
「初めまして。平家さんのクラスメイトで、藤井祐一と言います。詳しい話は奥様からお聞きになられていますか?」
「済まないが、クラスメイトが送ってくれると言うところまでで、まだキチンとしたことは…。君の口から聞いていいものかね?」
 健一が戸惑ったように妻…平家の母親の方を見る。
 母親は、キッチンでお茶の用意をしていて、それに気付いていない。
「…それなら、僕らの担任と直接お話をされた方が宜しいかと思います。今から僕も、無事にお嬢さんを送り届けた旨を連絡するところですので、お話をしていただけますか?」
「あぁ。構わないよ」
「では、ちょっと失礼します」
 健一の了承を得たので、祐一は買ったばかりの携帯で、平家の次に登録した大沢教諭の携帯番号をプッシュする。
『はい、大沢です』
 程なく、大沢教諭が電話に出た。
「あ、藤井です」
『おー、お疲れ様ー。どんな感じ?』
 背後でコピー機の音がする。
 大沢教諭は未だ職員室にいるようだった。
 明日の単語テストの教材でも作っているのかも知れない。
 若干疲労の混じったその声が、教師という職業のハードさを感じさせた。
「今、平家さんの自宅に居ます」
『うんうん、お疲れ。ちゃんとご両親には挨拶した?』
「その事なんですが、お父さんがまだ詳しい事情をご存じないという話でしたので、お手数ですが先生の方から一回、僕が平家さんを送ることになった事情を説明して頂いて宜しいですか?僕自身が言っても、先生に了承を得ている証拠になりませんので」
 祐一の言葉を咀嚼するように少し間が開いた。
 それでも、大沢教諭は納得したように答えた。
『あー、なるほどね。お母さんからは、ざっくり話しただけってことね。うん、いいよいいよ。じゃぁ、センセからお話しするから、ちょっと代わってもらえるかな?』
「助かります。遅くに済みませんが、宜しくお願いします」
 言いながら、健一の方へ携帯を手渡す。
「…では、お願いします」
「あぁ、済まないね。……もしもし、お電話代わりました。平家あずさの父です」
 健一は電話を受け取ると、大沢教諭と話を始めた。
「…お待たせしました」
 電話の間に、あずさがリビングに入ってくる。
 一方で、平家の母はお茶の用意を済ませると、早々に『ちょっと失礼します』と言ってリビングを出て行った。
 階段を上がる音がすることから考えても、恐らく、先程の明良の部屋へ行くのだろう。
 祐一はその態度に僅かに疑問を持ったものの、あずさが何も言わないので黙っておくことにする。
 やがて大沢教諭と健一の会話が終わると、そのまま祐一に携帯が渡された。
「君にお話があるそうだ」
 祐一は手渡されると同時に、健一に軽く会釈して、携帯に耳を当てる。
「…はい」
『あ、藤井君?お父さんの方には、ちゃんと他の先生にも許可を貰ってるっていうお話をしたから、後は平家さんと二人で、ご両親をどうやって説得するか考えなさい。先生たちがOKしてても、結局ご両親から信頼を得られなければしょうがないしね。センセと『フジさん』からは、『ちゃんとした子だ』っていう風に伝えておいたから』
「はい、ありがとうございます。一応、決着がついたらまた連絡します」
『うん、頑張ってね。って、平家さんにも伝えておいて』
「はい、伝えます。ありがとうございました。それでは」
 祐一は携帯の通話を切る。
 あずさの目が、疑問を投げかけていた。
「先生が『練習したいなら、頑張ってね』ってさ」
「……うん」
 あずさが意を決したように、頷く。
 そんな娘に視線を送りつつ、健一は手で座るように促す。
「さて、では、本題に移ろうか。まずは座ってください」
 高級品であることは間違いないソファは沈み方が深く、座り心地は、祐一には今ひとつだった。
 仕方無しに、前傾になるように先端の方にちょこんと腰掛ける。
「最初にお礼を言わなければならないね。娘の我侭に付き合ってくれて、ありがとう」
 健一は深く頭を下げる。
 その言葉には何の虚飾も、型通りのものも、儀礼的なものも『視えない』。
 根っから、誠意と感謝のみで構成されている。
 平家の母の態度を目にしていただけに、祐一の方がこの態度に面食らった。
「いえ、たまたまです。行きがかり上のことなので、気にしないでください」
「あのね、お父さん。藤井くんは凄く親切な人なんだよ。アタシの事ばかりじゃなくて、今日は皆に差し入れまで持ってきてくれて」
「差し入れ?」