アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
片付けを終えたその後は、大きめのタッパーウェアにサンドウィッチを作る。
恐らく待ち合わせ場所に居るであろう欠食児童達への差し入れ用だ。
平田の件の時に平家がかき集めたという『一食の恩』には、恐らく一緒に居残りしているのであろう尾形も一枚噛んでいることは間違いなさそうだし、こういう時に返しておかなければならないだろう。
流石に毎日とは行かないだろうが、こういうのは最初が肝心だ。
『恩義に報いる気持ちがある』というのを、最初の段階で明確にしておくことに意義がある。
BLTのホットサンドにするか、普通のサンドウィッチにするか、少し考えたのだが、手間や色々なことを考えると、トマトを使うのは汁気が出るので、食べる時に手が汚れやすいことに気付いた。
結果、避けた方が良さそうだという結論に達した。
取り敢えず、キュウリとレタスとハムのサンドと、タマゴサンド、ローストビーフのサンドを作って、それを二十組ずつ、大きなタッパー二つに詰めて行く。
二十組になったのは、タッパーの容量の都合だ。
実際には、四切れずつ余って出来てしまった。
余ったパンの耳をザクザクとひと口大の適当なサイズに切ってから、フレンチトースト風に牛乳と卵、砂糖で和え、暫く浸してから火を通す。
これは別のタッパーに入れて、用意しておいた爪楊枝を添えた。
これだけ有れば、取り敢えず夕飯までの『つなぎ』程度にはなるだろう。
余ったサンドウィッチをどうするべきか悩んでいると、奥の方から住人が一人、歩いて来た。
「あら、何だかいい匂いね」
確か、『森野りりこ』さん。
駅からなら十分くらい離れた位置にある石畳の入り組んだ通りで、『有沢工房』という楽器の工房に勤めている。
と、一〇二号室の八坂さん辺りに聞いた気がする。
祐一とは正反対の生活サイクルで生活しているらしい森野さんだったので、面識は数えるほどしかなかったが、そうか、この時間が彼女の出勤時間なのか。
「こんにちは…いや、こんばんは、ですかね」
「こんばんは。今からお夕飯?」
森野さんは祐一の手元に有る食材を見て、訊ねてきた。
「あぁ、いえ。これは部活をしてるクラスメイトへの、差し入れです。夕飯は、帰ってから適当に済ませます。森野さんは、今からお仕事ですか?」
「えぇ、そのつもり」
「あぁ、それならちょっと待って下さい」
祐一は、丁度余らせていたサンドウィッチを種類ごとに二切れずつ、ラップで包むと、小さめのタッパーに入れ、手早くナプキンで包んで差し出す。
「口に合うか分かりませんが、良ければ途中で摘んで下さい。余り物で済みませんが」
「でも、いいのかしら。お夕飯にするんじゃないの?」
森野さんが、意外そうな表情を一瞬だけ浮かべた。
「燃費が悪いんで、それだけじゃ俺にはちょっと足りないんです。こっちが余ったら、それを片付けなきゃいけないですし。受け取ってもらえれば嬉しいです」
祐一は差し入れ用のタッパーを指差して、頷く。
「あら、そう。じゃぁ、有り難く頂いておくわね」
森野さんが微笑を浮かべて小さく頷くと、祐一の差し出したタッパーを受け取った。
「はい。行き帰りはお気を付けて。『最近何かと物騒だ』って管理人さんも言ってましたから。空いたタッパーは、シンクに置いといて下さい」
「えぇ、そうさせて貰うわ。じゃぁ、行ってきます」
「……あ、そうだ」
「……?」
森野さんが小首を傾げて、祐一の方を見る。
「警報ブザー。持ってますか?」
「いやぁね。大丈夫よ」
森野さんはコロコロと笑う。
「いや、先程管理人さんとお話したときに一個頂きまして。一個余ってるんです。宜しければ……」
祐一は、自分の用意しておいた青い『警報ブザー』を森野さんに差し出す。
「あら、男の子用ね?……でも、せっかくのご厚意だし、ついでに頂いておこうかしら」
森野さんは祐一の手から青い『警報ブザー』を受け取ると、タッパーの上に置いた。
「じゃぁ、改めて行ってきます」
「お気をつけて」
森野さんは『ふわり』と香るような微笑を残して、共同キッチンを立ち去った。
「「あ、こんにちわー!!」」
森野さんが去って行った玄関の方で、耳慣れた双子の声が聞こえてきた。
どうやら二〇四号室の双子が、丁度帰宅したところらしい。
「桜!虹!お前らも少し摘むかー!?」
その玄関の方へ向けて、祐一は大きな声で呼びかけた。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之