アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
男達は次々に空手で鳴らした攻撃を加えてくるが、祐一には却って好都合だ。
それらを受け流し、弾き、相打ちさせ、捌いていく。
男達の顔色が、徐々に変わってきた。
自分達の相手にしているものが、普通でないことに気付いたのだ。
「な、なんだお前…幾ら何でも…この人数相手に…。しかもお前、警察じゃないな!」
ボイスチェンジャーで声を変えて登場する警察など居るはずが無いことに気付いたのか、明らかに狼狽した様子で男ががなる。
双子が一瞬だけ、ピタリと動きをやめたが、直ぐに今しか無いことに思い至ったのか、そのまま兄と弟を連れて移動し始める。
まぁ、いい。
露見しなければそれが一番だとも思っていたが、双子の反応さえ変わらなければ十分だ。
出来れば双子には残酷な場面を見せたくなかったが、警察でないことが分かっても双子の反応が変わらないのならば、もういいだろう。
(手加減する必要、なくなっちゃったな)
祐一はがなった男の言葉には答えずに、代わりに拳で攻撃を仕掛けてくる相手の腕を取り、外側に捻って肘を挫き、折り、肩を外しながら地面に叩きつける。
「う゛あっぁ!」
「コレで一人」
狼狽する男に、現実を突きつける。
「うわぁぁぁっ!!」
続いて回し蹴りを放った男の一撃を見切って、グローブに仕掛けて有るワイヤーを絡ませると、一気に引っ張る。
摩擦を帯びたワイヤーは祐一の超人的な膂力によって容易く足首の腱とアキレス腱を切り裂き、血飛沫を飛ばした。
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
コレでも手加減している。
足首が飛ばなかっただけ感謝して欲しい。
「二人目」
「野郎ぉぉぉっ!!」
更に、拳を振り上げた三人目に正面から拳を打ち当てる。
グローブに仕掛けた鉄板は容易くその拳を打ち砕き、その衝撃が肩までを貫いた。
あまりの衝撃と勢い、激痛に負けた男が、ガクリと沈み込む。
祐一はそこに、ブーツのつま先に入れた鉄板で顎を砕いた。
「ぐぅふぇっ!」
下顎が完全に割れて衝撃で上顎にも亀裂が入ったのが感触で解った。
攻撃の意思も『視える』。
反射速度も完全にこちらが上。
真っ当にやったところでこちらに負ける要素はなかった。
そこまでやったところで、出口にたどり着いた。
「さあ、早く」
双子が無言で頷くのを確認し、外に出る気配を確認した後、祐一はゆっくりドアを閉じた。
「…困るんだよね」
「??」
ドアを閉じた祐一が真っ先に放った言葉に、残った男達が疑問符を浮かべる。
目の前に居るのは残り五人。
後は、最初にナットを額に受け、もんどり打って倒れて以降、ふらつきながら立ち上がろうとしている桑原一人だ。
「素人さんが、俺の居るところでこんな事件起こしちゃ、困るんだよ」
祐一は攻勢に回った。
曲線的に動いて一人目の懐に入ると下から鳩尾を肘で打ち、体勢が下がった顎をそのまま肘で跳ね上げ、跳ね上がった頭に返す刀で真上から拳の側面を叩きつける。
完全に気絶して受身も取れず、男の体が大きくバウンドした。
そしてそのままその男をつま先で蹴り上げると、自分の盾にするように別の男に放り投げ、自分はその動きの反動を利用して背後に迫ろうとしていた男に右のハイキックを打ち下ろす。
ハイキックで相手の意識が一瞬、飛んだところに、鳩尾に左の拳と叩き込み、完全に気絶させる。
後三人。
慌てて自分に放り投げられた男を『捨てた』男に直進すると、拳を振って側頭部を打ち抜き、脳震盪を起こさせる。
残り二人。
その圧倒的な実力差に逃亡を図ろうとした男に、先程使用したワイヤーを放り投げ、絡ませ、転ばせる。そのまま強引に引っ張ると、男の体が高速で錐揉み回転し、脹脛を裂いて夥しい血が流れた。
最後の一人。
直進して、鳩尾に拳を入れて気絶させた。
「う、う、動くな、化物」
桑原が、脳震盪から回復したのかふらつきながらも銃を構えている。
(おいおい、ホントに持ってるよ)
ジェニオの情報網の凄さに感心しながらも、祐一は鳩尾に拳をめり込ませたままの男を盾にするようにかざす。
「…撃て」
「ひ、人質のつもりか、この化け物め!」
「お前が言うには価値の高すぎる言葉だ。もう二度とその言葉を使うな、低俗」
「黙れ!」
「黙らん。だから撃て。俺は構わん。撃てば死ぬのはコイツだ。そして殺したのはお前。だが、俺が悪いからこの男が死ぬ。そういう理屈だろう?俺もよく知っている。悪いのは俺だ」
健をいたぶる際の会話は総て祐一の耳に入っていた。
この位の意趣返しが有っても、悪くはあるまい。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
乾いた音が、廃工場に響いた。
逆上した桑原が引き金を引いたのだ。
だが、桑原が引き金を引いたその瞬間、祐一は当たり前のように抱えた男ごと射線を交してやり過ごすと、男を後方へ放り投げて、射撃の反動で仰け反った桑原の銃を掴む。
「素人だな。銃の撃ち方を教えてやる」
片手に握り込み直させ、そのまま逆さまに、桑原自身の胸に銃口を向けさせる。
「なっ、何をっ!」
「さあ、引き金を引け」
「フザ…な…何をすれば…こんな…」
祐一が軽々と扱った桑原の腕は、桑原自身の力ではビクともしない。
祐一が自らに課して制御している筋力を開放すれば、この程度は容易い。
「引けないなら、俺が引いてやろうか?」
「な、何を言って…この!」
ジタバタと身体を回転させて銃口を自分の胸から外そうと、桑原がもがく。
祐一は、その動きに合わせて腕を動かし、やがて桑原がもがくのを諦めて膝や反対側の拳を振るおうとするのを、あっさりと捌く。
「ここまでしてやれば、これが腕力の差だけではなく技量の差なのは分かるな?お前はその程度の素人だ」
言ってから、掴んでいた腕を離す。
解放された桑原が、間断なく銃を構え、撃った。
乾いた音と共に、鉛玉が祐一を襲う。
しかし、祐一はその攻撃をしっかりと『銃口の位置と角度を確認して』すり抜けるように交わす。
「どうした、当たらないぞ、素人」
「う、うるせぇっ!!」
再び引き金を引こうとする意志が『視えた』瞬間に、祐一は距離を詰めて銃口を桑原の腹部に押し当てた。
そして、桑原自身の意思で引き金が引かれる。
乾いた銃声が響いた。
ショックと失血で桑原が気絶する寸前に、祐一は桑原の耳元で囁く。
「覚えておけ。今後お前の人生に一切の自由はない。監獄だろうと娑婆だろうと、お前がこれまでの振る舞いを忘れた瞬間、今日と同じことを起こしてやる。お前には、自由に死ぬことすら許さん」
言い残した祐一は、即座に撤収を開始した。
明日香に使い捨て携帯を渡してあるし、銃声を聞きつけた住民も通報するだろう。
長居は無用だった。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之