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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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食事の時間 −アインシュタイン・ハイツ共同キッチンにて−



「桜・虹、ちょっといいか」
 祐一は二〇四号室をノックすると、中から『はーい』というユニゾンの返事があった。
「何だ祐一か」
 ドアを開けて応対したのは常磐虹、だと思う。
 最初に挨拶を受けた時と同じ『色』の人間なので、こちらが虹だと思う。
 二人の特徴を分けるために本人たちがしているらしいブレスレットは、何故か桜のもので、右手に皮のブレスレットをはめているが。
「お、祐一じゃん。どうかした?」
 後ろから覗き込んでいるのは常磐桜、『色』は似ているが微妙に違う。
 こちらは虹の鎖のブレスレットを、左手にはめている。
 こうして何人かの住人をからかって遊ぶのが、彼らの流儀らしい。
 とはいえ、祐一が紹介を受けた時点でどちらが『桜』で、どちらが『虹』なのかは確定できなくなってしまったので、祐一は既に桜と虹を判別することは半ば諦めた。
 彼らはそれを楽しんでいるし、水を差すこともあるまい。本当に必要ならば『色』を見て判別するし、それまでは敢えて騙されておこうと思っている。
「あぁ、実はビーフシチューを作りすぎてさ。良かったら、夕飯にどうかと思って」
『おぉ〜っ!喰う喰う!!』
 また二人がユニゾンした。
「なに、祐一は料理出来る人なの?」
「ていうか、料理きちんとできんの?」
「あぁ、ただ、人数の多い場所で料理を覚えた所為か量の加減が苦手でな…そういう意味では『キチンと』とは言い難いし、味は好みがあるからこちらも微妙なところだが、自分で食べる分には出来るだけ自炊することにしてるんだ」
 実は、平田兄弟との帰宅中にあちこちのスーパーに寄ったのだが、平田が夕飯の買い物をしているのに合わせて自分も食材をカゴに突っ込んで行ったら、自分ひとりで処分するには些か常識外れな量だと食材を広げた段階で気付いた。
 そこで、次善の策として共同キッチンでの作業に切り替えたのだが、先日隣室のアナスタシアが作ったらしい『大鍋いっぱい』とまでは行かないし、ハイツの人間は高校生から大人まで、様々な人間が揃っているので、夕飯の時間は各々バラバラだ。
 燃費の悪い祐一が自分で二杯目を処理したとしても、シチューの量自体は五・六人分ほど有るだろう。
 若い常磐兄弟がおかわりに手を出すことまで考慮に入れたとしても、もう一人くらいは声を掛けてもいいかも知れない。
「悪いな、食事の時間が合いそうなのはお前達くらいしか思いつかなかったんだ」
「いーっていーって」
「ちょうど晩飯どうしようか、考えてたんだよね」
 そのまま、二人は靴をはくと、部屋を出てくる。
 常磐兄弟、桜と虹は高校生である。
 読みは、『ときわ おう』と『ときわ こう』だ。
 年齢も祐一と同じ。
 祐一が学校へ行く時間にすれ違った記憶がないので、学校は違うかも知れない。
 この町は学校が多いし、制服姿を見た記憶も無かった。
 先日、花見の会の時に会って、同じ年齢だということで会話も弾んだ、と、思う。
 二人は、短めの黒髪に茶髪でメッシュを入れていて、祐一から見ればお洒落な部類に入るだろう。
 ただ、その方向性としては、見た目がかなり似ているし、普通の人間ならば彼らを見分けることは困難だろう。どちらかと言えば、自分の個性を主張するためにお洒落をしているというよりは、お洒落を楽しみながら相手を混乱させるために似たような格好をしているように見受けられる。
 正しく、『洒落』というわけだ。
 三人は廊下を歩きながら、共同キッチンに向かう。
 キッチンに到着すると、弱火で火を通していたシチューの前で一人の青年が様子を見ていた。
 二十代半ばのこの青年は、志摩伊織。
 一〇三号室の住人で、確か専門学校生だ。
 祐一や常磐兄弟より前からアインシュタイン・ハイツに住んでいて、『アイン』とじゃれ合ってるところをたまに見かける。
 このハイツは今年になって入居者が増えたり入れ替わったりしたらしいので、志摩の存在は『このハイツ並びに町での先輩』ということになる。
 住人の中にはまだ顔と名前が一致しない人が多いが、志摩は三〇五号室の鏑木さんが主催した花見に意欲的に参加してくれたこともあって、既に顔見知りだった。
「志摩さん」
「おう、常磐兄弟に藤井君か。こんばんは」
『こんばんわー』
 双子のユニゾンに、たまたま祐一の挨拶も合流した。
 一斉に挨拶された志摩は戸惑ったように目を丸くする。
 まぁ、偶然とは言え三人に揃って一斉に挨拶されたら、ちょっと引くのは分からないでも無い。
「これさ、火掛かりっ放しなんだけど、大丈夫かね?」
 志摩は何処か不安そうに、火に掛かりっ放しの鍋の心配をしている。
「あぁ、それ、俺です。ちょっと友達に付き合って食材を買い込んだら、こんな量になっちゃって。肉を柔らかくするために水と酒を足して弱火に掛けてただけなんで、大丈夫ですよ」
「あぁ、そうなの」
 拍子抜けしたような志摩に、祐一が鍋を開いて見せる。
 開いた鍋の中では、湯気が飛ぶ中で、弱火でコトコトと煮込まれているブラウンソースが、大きめの泡で弾けていた。
 祐一は、その鍋を一回ぐるりとかき回してから、中の具を楊枝で差して火の通り具合などを確認した。
 ボチボチいい頃かも知れない。
「あの、見ての通りの量なんで、食事がまだなら志摩さんもいかがです?」
「あ、いいの?じゃぁ、折角だし、ちょっとだけ」
 共同スペースのテーブルを勧めると、チョコンと遠慮がちに座る。
 そんなに遠慮する必要はないのだが、志摩はこういうのを『借り』に感じてしまう性格なのかも知れない。
「あ、じゃぁ俺飯よそう」
「俺が皿出す」
 桜と虹が、心得たとばかりに動き出す。
 志摩は一瞬『あ、しくじった』という『色』を出して立ち上がろうとしたが、祐一が手を挙げて無言で『大丈夫』とアピールすると、すんなりと元の席に戻った。
 うん、いい人だ、志摩さん。
「サラダは冷蔵庫の中だ。ドレッシングはノンオイルと普通のを用意してあるから、好きな方を。食パンだけど、パンも用意してあるから、パン派の人はそっちで」
『おー、手回しいいー』
「実はワインも赤が余ってるんだが…志摩さん、シチューに使ったのの余りですけど、開けちゃったんで、貰って頂けますか?」
 流石にマグナムサイズは調子に乗りすぎた。
 コクを出すために使ったホンの僅かな量に比べて、残りの多いことと言ったら無い。
「え、いいの、ホントに?」
「スミマセン。調子に乗りすぎて大きいの買っちゃったんです」
 近辺のスーパーでは、買い物の中身を見ればその日のメニューが想像出来てしまう所為か、祐一が学生服でワインを手にしても咎め立てはされなかった。
 単純に気付かなかったのか、それとも敢えてなのかは分からないが。
「うーん、でも、コレを一人では流石にちょっと…」
 志摩が困っていると、キッチンに新たな人物が現れた。
 『ミドリさん』こと管理人のハーマン・グリーンさんである。
 足元にはアッシュグレイの毛並みをした猫…『アイン』も一緒である。
「シチュー、ですか?」
「おー、管理人さん。と、アイスー」
 志摩が呼ぶと、アインは当たり前のように志摩へ歩み寄って一声鳴いた。