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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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 帰国子女といえばそうだが、祐一自身も二年ほど前と数ヶ月前に多分全国で報道されています。
 とは、言わなかった。
 流石にそれは色々面倒だ。
「それで、止めに入った平田くんはコーチと勝負することになって、勝っちゃったんだよ。先生は気絶した上に、自分が暴行した生徒と一緒に救急車で運ばれて、遂に今までの事件が表沙汰になったの。裁判になって、傷害とか、殺人未遂とか、重過失何とかとか、色んな罪で起訴されたんだって。当然、学園としてもコーチをおいておくわけには行かないから懲戒免職。…でも同時に、先輩たちは年度内の公式戦出場辞退になって、当時の三年生達はそれが代々続いていた『慣習』だったことから、『事件の隠蔽に協力していた』って事になって、内定を受けていた大学推薦も取り消されたわ」
「え、コーチが悪いのに、選手が出場停止になったり、推薦取り消されるの?」
「問題は、コーチに傷害行為を行って止めに入ったのが、飛び級とはいえ『同じ学校の学生』だったことなのよ。だから、公式なお咎めはなしで『辞退』になったの。先輩たちは、コーチの行き過ぎにも関わらず止めに入れなかった事の責任を取らされた形ね。一方で平田くんには、幾つもの制約が課せられたって聞いているの」
 言ってから、平家は指を一本立てる。
「一つ。転校してはならない。コレは、他の学校を強くしたくないからね」
 続いて、平家は二本目の指を立てる。
「二つ。学費の全面免除は解除する。但し、情状を酌量して半額負担とする」
 これは昨日平田に聞いている。
 確か、桜丘の学費は高等部で年間百二十万程度だから、半額で六十万。
 平田が頭を悩ませている部分が正にこれだ。
 平田がアルバイトをするようになれば恐らく解決する部分だが、そうなると空手との両立は困難を極めるだろう。
 高校生のアルバイトは時間制限が決まっているが、桜丘は土曜にも授業があり、尚且つ部活動ということになれば、両者の時間は重なってしまう。働き口を探すとして、その条件に見合う場所というのはとても現実的な話とは思えない。
 そこまで祐一が考えたところで、平家は更に指を立てた。
「三つ。問題を起こした生徒がそのまま部内にいると翌年以降の推薦枠に影響が出る可能性があるため、空手部への所属を禁止する。これは、アタシが藤山先生に内緒だってことで聞いたんだけどね。空手部の人間にも、知らない人がいるかも知れない」
 流石にこの三つ目は、祐一の眉を顰めさせるのに十分な効果があった。
 藤山先生とは、昨日の二限目を担当した国語教諭のことだ。
 人格者、人道家として僅か数週間の付き合いしか無い祐一ですら名前を聞く人物だ。前途ある若者への処分の重みに堪えかねて、つい口を滑らせたに違いない。
「…なるほど」
 事件の構図は見えてきた。
 これもまた、平田があれ程まで頑なに滝川との会話を拒んだ理由の一つというわけだ。
 部員は知らないが、平田はこれを知っている。
 そこが最初にして最大のギャップだろう。
 祐一は紅茶をすすりながら、次々にサンドイッチに手を出す。
「あ、ごめんね。フォーク渡すの忘れてた」
 平家のランチボックスを包んでいたナプキンの隅から、コンビニで配られるような白いプラスチックのフォークが手渡される。
「あ、どうも」
 祐一は受け取りながら、唐揚げに手を出した。
「皆が事件を知った翌日から、学校に来なくて暫くは謹慎してたわ。そして、謹慎明けの日、平田くんは髪が随分伸びて、毛を茶髪に染めてたの。それから、クラスの皆に向けて『コレでおしゃれが出来るようになった。似合うだろ、茶髪』って笑った。多分皆、平田くんのあんな顔、見たこと無かった…。後になって、影で泣いてる子もいたわ」
 当時のことを思い出しているのか、平家の顔は涙ぐんでいるようにも見えた。
 もしかしたら、『影で泣いていた』のは彼女だったのかも知れない。
「それからが、藤井くんの知っている平田くんよ。明るくて、優しくて、お節介な平田くん。でも、授業中や休み時間、放課後も、表向きそう振舞っているだけで、アタシたち個人個人とは、必要なとき以外は中々口をきいてくれなくなった。アタシたちにはどうしても、そんな風に振舞う平田くんがとても無理をしているように見えるの。平田くんが一生懸命大きな人に立ち向かっている時の姿を、覚えているから」
「ふぅん、アンタ達と平田が何処か余所余所しいのは、そういう原因なのか」
 同情の余地は有る。
 だが、本題は多分、此処から先だろう。
 そんな話をするために呼ばれたわけではなく、問題は『嫌な噂』の方なのだから。
「うん。それでね…」
 平家はようやく本題に入れるというように、表情を引き締める。
 そして、恐ろしいものに手をだすように、恐る恐る、しかしはっきりと言った。
「最近になって、この近辺で桑原コーチや去年の三年生の姿を、見かけた人が出てきているの」
「何で?捕まったんじゃないの?」
「執行猶予、って知ってる?」
「あぁ、でも、まさか」
「『暴力との境界線』。藤井君がさっき言ってた、正しくそれが原因で、執行猶予が付いたのよ。桑原コーチ…いや、元コーチね…。その人が、長い執行猶予が明けるのを待ちきれずに、近いうちに平田くんに復讐するつもりなんじゃないかって、噂になってるの」
「復讐って言ったって、どうするつもりなんだろう?あまり現実的じゃないような…」
「…正面切って戦って負けたからこそ、考える方法って、色々有ると思わない?」
「…そうですね」
 自分で言ってから、間の抜けたことを言っていると思った。
 或いは祐一自身、どこかその現実を認識したくないと思っているのかも知れなかった。
 当時の三年生、ということは、今は行き場を失って浪人しているか、どこかの大学に入っているか、大学に入っていれば今は履修届の提出期間などで忙しいはずだから良いとして、引きずって燻っているとしたら、大きな火種の一つになりかねない。
「だから、お願いがあるの」
「…はい?」
「出来るだけ、平田くんの近くにいてあげてくれないかな。アタシたちはもう、距離ができちゃったから難しいけれど、藤井くんなら平田くんも気を許してるし、大丈夫だと思うの。一人でいると不意討されるかも知れないけど、二人で居て注意していれば、少しはマシでしょ?学校は安全だろうから、行き帰りとか、出来るところだけでいいから」
 少しも何も、大分違いはするが、それを自分に押し付けることに良心の呵責はないのかね、と、思いはしたものの、現状これだけの物を食べてしまっている以上、祐一の口から拒否の言葉は出せない。
 ハメられた。
「解った…。まぁ、帰りくらいは一緒にするようにするよ。行きは、あいつも優くんを送ったりしてバタバタしてるだろうし、まさか家族にまで手は出さないだろうしね」
 不承無承ながら、祐一は同意する。
 こんな重い友情の詰まったものを食わされて、『普通の高校生』としてはそう答えないわけにも行かないだろう。
「うん、それでもいいよ。出来るだけ、一緒にいてくれればいいから」
「やれやれ、とんでもなく高くついたなあ、この昼飯…。こんな重いもの食ったら、暫くは借りを返せねぇや」