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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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【302号室 藤井祐一(1)】



 ある晴れた日。
 不動産屋がこの物件が如何に素晴らしいかを並び立てる中、祐一は全く違うことを考えていた。
「フム…」
 軽く跳んで、天井に引っかかっている、前の住人の『忘れ物』と思われる金属製フックの調子を確かめる。視線の先のフックは恐らく、前の住人が格闘技を齧っていたのであろう事を感じさせた。ほぼ間違いなく、そこからサンドバッグを下げていたのだ。
 そう確信させるのは、祐一が天井から下がっても音すら立てないからだ。
 つまりそれは、祐一の体重よりも重いものをそこに下げていた証だ。
 窓の外には屋根から伝わる雨どい。
 良くあるタイプでは有るが、しっかり固定されている。
 風景は視界があまり開けていない、雑然としたものだった。
「如何です?お客様の提示された条件だと、このお部屋がぴったりだと思うのですが」
 二十代半ばに見える不動産屋の口調は遜るでも無く、パートナーとしての立場を守りつつ、客の条件を満たそうと努力している様がありありと見えた。
 寧ろ、自分のような明らかに年下に見えるであろう人間を相手にしているにしては、上出来な方である。
「お願いしていたもう一つの件は、どうでした?」
 水道周りと電気周りに視線をやりながら、祐一は訊ねる。
「あの件ですね。大丈夫、調べはついています。学生さんの一人暮らしですからね、ウチとしても、盗聴器の類はしっかりチェックしました」
 不動産屋は人好きのしそうな微笑を返して、小さく頷いた。
 そもそも、この人物と不動産屋を指定してくれたのは海外在住のある知人で、保証人になってくれたのもその知人の、更に知人だ。
 祐一としては、厳選されたその対応を賞賛するしか無い。
 コンセントの数と位置を確認しながら、答える。
「えぇ、厳しい条件の中、よくここまでのものを見つけて下さいました。ありがとうございます。ここにします」
 『ありがとうございます』と握手を求めて頭を下げた不動産屋の頭の後ろ。開けっ放しにされたドアの向こうで、アッシュグレイの猫が欠伸をしていた。