アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
「爺ちゃん、今は大検じゃなくて高認っていうんだぜ。因みに高認も略称で、『高等学校卒業程度認定試験』っての」
「呼び方なんぞどうでもえぇわい!」
祖父は肩を怒らせながら、怒気を顕にした。
その瞬間だけ湯沸かし器のように顔を赤くした祖父は、直ぐに平静の表情に戻る。
そんなにカッカしていると、孫としては血圧が心配で有る。
まぁ、怒らせているのは自分なのだが。
「人質生活を生き延びたと言うその生活能力で、逃げ果せてみぃ。出来たら、次期当主の話、白紙にしてやる」
「…なるほどね」
少年は老人の『色』を感じ取れずにいた。
今まで見えていたものがすっぽりと韜晦されている。
今までにも、幾人か相手にした『その道における本物の達人』に対してはそういったことが有ったが、まさかこんな近くにそんな人間がいるとは思っていなかった。
少年の能力に気がついて警戒しているのかについては理解できなかったが、逆にそこには『包み隠さねばならない意図がある』という明確なメッセージが込められていた。
「…解った。乗ろうじゃねえの。その代わり、俺が勝ったらもうこの家には戻らないぜ?俺は元々、『本家』だの『分家』だのとうるさいこの家からさっさと出ていきてぇんだ。三年も早くなって清々したぜ」
少年もまた、自らの『色』を隠した。
本心では当然、この家に対する未練は有る。
しかし、家に戻ったからには、再び『自らが火種となる』心配も、少年の中では再燃していた。
一度は掻い潜ったものの、万一健康診断などに引っかかりでもしたら現在の戸籍が本物であるが故に隠れようがないのだ。
そんな折の後継者騒動だ。
この提案は正に渡りに船と言える状況だった。
「今から三日間見逃してやる。せいぜい上手く消えろ」
「約束したからには守ってもらうぜ?九十分あれば地球を一周出来る時代に、三日も与えたことを後悔させてやるよ」
爺さんは何かに感づいている。
道場に背を向けながら、少年は既に逃亡のプランを練っていた。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之