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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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「親は何だか理解してないが、コレを直接経由するようにしてある。通信回線が確保出来たことは確認済みだ。他には、院内PHSの電波も使えるようにした。ジャミングしていたとしても、院内PHSの周波数まで妨害したら万が一の時に困るのは目に見えてる。俺ひとりを殺すために、そこまではしないと判断した」
「…なんてガキだ」
 その後、一連の賭けは少年の勝ちに終わった。
 約束通り三日後、監視の目を少年が“内側から”切ったところを狙って、男が迎えに来たのだ。
「宜しくな」
「あぁ。ところで、これから貴方のことを何と呼べばいい?」
 少年の身体を引っ張り上げ、俵のように担ぎながら脱出を図る男に、少年は訊ねる。
 すると男は、少しだけ考えた後、一度だけ立ち止まった。
「“ジェニオ”」
「本気で言ってるのならブッ殺すぞ」
「いや、それが俺のコードネームだ」
 “ジェニオ”とは『ジーニアス』のイタリア語読み。
 つまり『天才』のことだ。
 それがどういう意味なのか、本当の意味で理解するのはもっと先のことになる。

 かくて、契約は成立した。
 逃亡生活中に何とか『力の制御』を覚え、自在に扱うためのリハビリを行い、自分の身に起こった変化の細部を理解し、それもまた制御するのには更に時間が掛かったが、『トランスレイション』と命名しただけあの能力だけで充分、彼の役に立ったのだ。
 少年は二年弱、高校入学直前までジェニオの通訳兼助手兼観察者として行動した末に、十二分な金を稼いで帰国することになる。
 その間、価値観の変わるような出来事も沢山あったが、最終的にジェニオとは円満に別れ、そのツテでもって様々な便宜を図ってもらった。
 ジェニオから漏れ伝わってくる感情の“色”は、殆どの場合『厄介な押しかけ助手』を見るものではなく『かわいい弟』を見るものだった。
 うっかり触れてしまった心の襞などから、ジェニオには恐らく自分と同じくらいの歳の弟がいて、内戦でそれを失ったのだと察していたが、それについて敢えて口を開くことは、最後まで出来なかった。
 ジェニオが少年のことを『役に立つ』と認めつつも、僅か数年で手放したのは、少年のことを考えてのことなのだと、痛いほどに尖った決意の“色”が教えてくれた。
 それこそが、『交渉人』であって『誘拐犯』ではない彼の、プライドだったのだ。
 この二年のジェニオの活動における『本当の交渉相手』は、その間に対決した数々の相手だけではなく、『少年自身』だったのだと理解した。
 『少年が自ら帰ることが出来るタイミング、場所まで少年を連れて行き、解放する』ことが、『交渉人』たるジェニオの求める交渉結果で、自分はその交渉に応えたのだ。
 だからこそ、少年は日本に帰ることにした。
 帰国はジェニオの目論見通り、速やかに、何の問題も無く行われた。