ACT ARME 8 殺人機
それからはあの方についていき、そして暗殺者へと育て上げられた。
初めて人を殺した日は飯がのどを通らなかった。銃で撃ち殺したとはいえ、その感触ははっきりとこの手に残り、震えへと変えた。
だがそれから人数を重ねていくうちに、いつしか自分の中で転がっている石を転がすことと人を殺すことが同義になっていた。
気づけばあの方の下に人が集まり、小規模ながらも組織が生まれた。大体自分と同じような境遇をもつ者。暗殺者にはそぐわないほど気さくな者。反対に初めから笑いながら人を殺せる、暗殺者としては別の意味で向いていない無邪気な者もいた。
自分は変わらずあの方につき従う殺人『機』として命ぜられるままに人を殺し続けた。
そして約一ヵ月半前、下された命令がルインの暗殺。家でくつろいでいるところを狙撃するだけの、簡単な仕事のはずだった。
だが、想定外のことが起こった。標準を目標に定め、引き金を引くその瞬間に、相手が狙撃を察知し間一髪とはいえ回避したのだ。もともと自らの孔が少ない自分は攻撃力や技を磨くのではなく、確実に相手を仕留める技術を徹底的に磨いてきた。それゆえに、狙撃による暗殺で失敗したことは、これまで一度たりともない。
その後も防戦一方だったとはいえ、こちらの攻撃を回避し続けた。結果増援により撤退。この時初めて自分の中に違和感という感情が芽生えたような気がする。
芽生えた感情はいつもの自分の操作感覚を奪い、その結果相手の策にはめられ敗北した。
その時に自分は破壊されるのだと思った。そのことに関してなにも感慨はわかなかった。不要となったものは破棄される。ただそれだけのことなのだから。
だが、またしても予想外のことが起こった。相手が自分を殺さなかったのだ。さらにあろうことか自らの手元に置くという、どう考えても愚行としか思えない選択をとった。
そして、その愚行を選択した理由が『こちらが一切ノーリアクションをとり続けた』から。
今思えばあの時に自害することはできた。いや、むしろそうするべきだったのだ。
だが、なぜかそうしなかった。それは惰性なのか、それとも自らの内に秘められた選択だったのか。
あの日以来、自分は自分の制御がきかずにいる。
「フォート!」
はっとして目が覚める。どうやら自分は椅子に座ったまま眠っていたようだ。
眼前には、考えられないような理由で自分を手元に置いた張本人であるルインと、その後ろにレックとツェリライの姿があった。
「・・・フォート?」
そっとその名前を呟く。その反応が不可解だったのか、ルインはフォートの頭をベンベンと叩いた。
「なに寝ぼけてんの。フォートっつったらフォートでしょうが。あんたの名前。」
そうだった。フォート。この者たちに敗北した際につけられた名だ。もしかするとこの名前のせいで自分はうまく自分を制御できていないのかもしれない。
突然発生したイレギュラーに対応できていない。いや、もしかすると対応したくないのか。
見慣れた文字をじっと見続けているとゲシュタルト崩壊を起こし、それが初めてみる不思議な記号に見えることがある。その感覚とどこか似ている気がした。
「んで、寝ていたところ悪いけど、さっきの買い物の追加注文していい?」
そういいながらメモを手渡してくる。
「本来ならば追加をしたあなた自身が行くべきなんですけどね。」
ツェリライが冷ややかに見つめるが
「だって今日はフォートとレックが買い物当番の日だもーん。」
とまるで気にかける様子はない。
「了解した。」
「今度はもう妙なトラップしかけとかないでよ。」
フォートはメモを受け取り、そのままレックとともに外に出た。
「へぇ。珍しくフォートが眠りこんでいたと思っていたら、昔の夢を見ていたんだ。」
その意見には同意する。昔の夢をみるというのも前にいつ見たかなど覚えていない程だし、ましてや人が目の前まで迫っているのに眠っていた自分自身が考えられなかった。
フォートは、自分の隣を歩いているレックを視界の端で見る。
この者も、稀にみる数奇な人生を辿ってきたものだ。故郷を失い、生涯の友を失った今、この者は今どんな思いを抱いているのか。
いや、本当に気になっているのは、仮に自らがその立場に置かれた時、あの決断を迫られた時にどのような選択をとっていただろうかということだ。
果たして自分はこの者と同じ選択をとっていただろうか?
不意に足が止まった。
「待て。」
レックにも静止させた。
気配を感じる。フォートはその気配を確実に辿って行った。
その時、何かが一直線にこちらに向かってくる気配を確かにとらえた。
フォートはそれを過たずに銃身で弾き飛ばした。弾き飛ばした何かは、そのままあさっての方向に飛んでいき、壁にぶつかったようでパラパラと欠片が崩れ落ちる音がした。
「流石だな。お前ほどじゃないが、オレも気配を消すことはかなり得意なほうなんだけどな。」
気配がしたほうから人影が現れる。
「・・・やはりお前か。」
建物の影に隠れて見えていなかった相手の姿がはっきりと見える。
「久しぶりだな。一ヵ月半ぶり、いや、オレはその前から出張っていたから大体半年振りか。」
その風貌はいたって普通、そして自然体だった。所謂町人Aとして町中に溶け込んでいそうな感じである。
手には何も持っていない。いや、それどころか見る限り武器になりそうなものを身に着けていない。
だからこそ、不気味だった。この男は確かに何かをこちらに飛ばしてきたのだ。フォートとの会話を聞く限り、この男もデリーターなのだろう。武器を隠す必要はまるでないはずだ。
フォートは一歩前に踏み出す。まるでレックを庇うかのように。
その様子を見た男は、とても意外そうに眼を丸くした。
「こいつは驚いた。まさか組織でも殺人機だマリオネットだ言われ続けたお前が本当にターゲットに取り込まれたとはな。どういう風の吹きまわしだ?」
フォートは何も答えない。ただその開いているかどうかわからない目で相手を見据えるだけ。
「答えない。いや、答えられないのか?」
「・・・要件はなんだ?」
結局質問には答えず、逆に質問を返した。すると男は呆れたように嘲笑った。
「聞くまでもないだろ。 命令だ。お前を消しに来た。」
相手が一歩こちらによる。フォートも一歩向こうにでる。
「 フォート・・・。」
「行け。」
「でも」
「行け。」
有無を言わせない口調だった。レックは一歩後ずさり、歯を食いしばった後背を向けて走り出した。
「逃がすかよ。」
背後で声が聞こえる。咄嗟にレックは振り向きざま武器を抜いた。
だが、レックが防御するまでもなくフォートがそれを防いだ。
そしてレックは見た。男が手を銃のようにしてこちらに向けているのを。
「まさかこの人・・・。」
「ぐずぐずするな、早く行け。」
フォートに促され、レックはもう躊躇せずに走りだした。
レックの姿が消え、改めて二人で相対する。
「フォート。それはお前の名前か?No.01。」
フォートはやはり何も答えず、銃を構えた。
「まただんまりか。本当にお前とはコミュニケーションが成立しないな。まあいい、ここじゃ騒ぎになる。場所を変えるぞ。」
二人はさびれた倉庫のような場所に移動した。
作品名:ACT ARME 8 殺人機 作家名:平内 丈