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物音

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ただ一つ、そうしなくて良かったと思うことがある。
あの時、私は眼鏡を掛けていなかった。そのせいで、台所の方は良く見えなかった。いくら電気を点けていなかったはいえ、廊下の電灯は点けていたのだから、眼鏡を掛けていれば台所の床の辺りを見ることぐらい出来たはずである。そうであれば、音の正体を見分けることが出来たかもしれない。ただの家鳴りだったか、あるいは野良猫でも入り込んでいたか、とにかくそこに何がいたかは分かっただろう。

しかし、出来なかった。いや、出来なくて良かったのだ。
もし、眼鏡を掛けていたら。
私はこの世のものではない『何か』を目にしてしまったかもしれない。

そんな気がしてならないのである。
作品名:物音 作家名:紫苑