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真冬の幻 第3章『ひとりぼっちのビリーバー』

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 「今は観幌川の近く。通りから来てもいいんだけど、やっぱりこっち通った方が断然近いからね」
 「ええ? あっちは危ないから通らないように言われてたじゃん。駄目だよ、ちゃんと安全な道を通らない」
 私は少し説教口調になって言った。
 「はいはい、今度は気をつけますって。それよりも今日の晩御飯なんだけど、さ……」
 姉が急に勢いをなくして声のトーンを下げる。私はふざけているのかと思い、「どうしたの? 川上から桃でも流れてきた?」と軽口を叩いた。しかし受話器から声は返って来ない。私は不審に思って問いかけた。
 「ちょっと、お姉ちゃん?」
 私の問いかけにやはり姉は言葉を返さない。しかし不意に受話器から、今まで聞いたことがないほどの荒い息遣いと、「ちょっと、何なの……?」という、酷く慌てた様な声が聞こえてきた。それはまるで何か見てはいけないものを見て、心を酷く動揺させているかのようだった。
 「お姉ちゃん! ねえお姉ちゃん! どうしたの!? 何があったの!?」
 気付くと私は必死で姉を呼んでいた。何かとんでもなく良くないことが起こっていると、私の直感が告げていたのだ。
 「……ちょっと、何なのよ……? 何よそれ? ねえ……やめて……。こっちに来ないで……」
 「おねえちゃん!!」
 私は喉が千切ればかりの力で叫んだ。
 突然、何かの衝撃音が私の耳に広がった。動揺しきった私でも、その音が、携帯電話が地面に落ちた時の音であることを理解するのにさほど時間はかからなかった。
 携帯電話が地面に落ちるとはどういう意味か。それは私の声はもう姉には届かないということだ。どんなに私が姉に向かって叫んでも、姉は、もう答えてはくれない。だが私の声は届かなくても、姉の声はこちらに届くのだ。私はもう、ただただ絶望に染まる姉の声を聞いているしかなかった。
 声にならない叫びが私の耳を引き裂く。心が崩壊しそうなのに、私はなぜか受話器を放すことができず、いつまでも受話器を握り続けている。
 何かが地面に倒れる音がする。そして、「あ、あ」と声が切れ切れに聞こえてきて、やがて、全く聞こえなくなった。
 「あ……あ……お、おねえ、ちゃ、ん…………」
 身体の震えが止まらない。意識が強制的に閉じようとする。しかし、電話口から聞こえてくる音は私が電話を手放すことを許さなかった。
 初め私は、それが何の音なのか分からなかった。雨がしたたかに携帯電話を打ちつけている音かと思った。だが、徐々に私の朦朧としている頭でも、それが誰かの声であることが分かってきた。そして暫くして、その声が、その人物の笑い声であることも分かった。
 それが笑い声だと理解した瞬間、鼓膜を切り裂くような狂った笑い声が私の中に広がり、私の精神を破壊していった。そして最後に、その声が、姉の死を愚弄していることに気付いた時、私の心には、刃物で抉られたかの様な、一生消えない傷が刻まれたのだった。