非凡工房
夢を売る男
「子供の頃の夢って何だったんですか?」
部下の質問に酒を飲む手を止め、F氏は少し考え込んだ。
ここは行きつけの居酒屋。仕事帰りのサラリーマンで賑わい、騒がしいがどこか落ち着く、そんな場所だ。
「そうだな。宇宙飛行士になりたかったな」
「おお、ロマンありますね。なれば良かったのに」
「簡単に言うなよ。勉強とか訓練とか、狭き門なんだぞ。高校時代に諦めて、今はしがないサラリーマンさ」
「でも、妻子とマイホーム持ちで充実してるじゃないですか。独り身としては十分羨ましいですよ」
「まぁ今となっては、叶わぬ夢さ」
「では、その夢を売って頂けませんか?」
いつの間にやらテーブル横に、一人の男が立っていた。F氏は少々驚いた。
「売るって? 私の夢を?」
「はい、ぜひお願いしたい。報酬は十分にご準備します」
男はそう言うと、慣れた手つきで電卓を弾き、画面を差し出した。
なかなかの額だ。
「仮に売ったとして、そんなものどうするんだ?」
「世の中には様々な収集家がおられます。中には、他人の夢を集める方もいらっしゃいます」
「デメリットはあるのか?」
「夢が叶わなくなります。それだけです」
「ふむ。どうせ叶わぬ夢だ。よし、売ろうじゃないか」
翌日、提示額が振り込まれていた。妻も最初は怪しんだが、宝クジに当たったと説明すれば納得してくれた。
「父さん。僕は将来、宇宙飛行士になるよ」
中学生となった息子が夢を語った。
「そうか、頑張れ。応援するぞ」
F氏は可能な限り、息子の夢を支えた。
そしてついに、息子は宇宙飛行士となり、ロケットの発射当日を迎えた。
「行ってきます。父さん、母さん。ここまで来られたのも、二人の支えがあったからです」
「ああ、行ってこい。お前は私達の夢と希望だ」
いよいよ、発射のカウントダウンが始まる。
3、2、1……
今まさに飛び立とうとしたロケットは、凄まじい爆音とともに、粉々に砕け散ってしまった。