非凡工房
お願い事アプリ
一言でいえば、F氏は平凡な男であった。
普通の大学を卒業し、普通の会社に勤め、取り立てて目立つこともなく毎日を過ごしていた。
そんなF氏の楽しみは、親友である自称発明家とのおしゃべりである。
彼の発明理論は突拍子もなく、実現不可能と思われることばかりだが、それがF氏の平凡な人生にいくらかの刺激を与えてくれるのだ。
そんなある日、F氏の自宅を親友が興奮気味に飛び込んできた。
「おい、聞いてくれ。すごい発明が完成しそうなんだ」
彼はスマートフォンを取り出し、『お願い事アプリ』というアイコンを指さした。
「なんだい、それは?」
「その名の通り、願い事を叶えてくれるアプリだよ。まだ未完成で加減の効かない所もあるが、マイクに向かって話すだけで願い事が叶うんだ」
F氏が尋ねると、彼は早口でまくしてた。
「よく分からないけれど、なんだか面白そうじゃないか」
「君ならそう言ってくれると思ったよ。ぜひ、使って感想を聞かせてくれ。じゃあ、僕はこれで」
スマートフォンをF氏に手渡し、親友は帰っていった。
このアプリを使えば、平凡で退屈な自分の人生が変わるかもしれない。早速、F氏は『お願い事アプリ』を起動した。
「私を世界一の人気者にしてくれ!」
この日を境に、F氏の生活は一変した。
食事を摂るとそのメニューが芸能誌に掲載され、外出すると老若男女問わずに写真やサインを頼まれる。
日中はバラエティー番組に出演し、夜はニュース番組でコメンテーターを務め、夜中から朝まではラジオのパーソナリティだ。
世界一の人気者となったF氏は、昼夜問わず注目され、刺激に溢れた人生を送った。
しかし、元来は平凡なF氏である。一か月もすると、人気者であり続けることに疲れ果ててしまった。
自宅で眠ろうとしても、マスコミがインターホンを鳴らし、ファンがドアをノックする。
「もう嫌だ、もう耐えられない。このアプリは欠陥品だ」
「すまない。まだまだ加減がうまくいかないようだ。参考にさせてもらうよ」
親友との通話を切り、F氏は再び『お願い事アプリ』を起動した。
「私をひとりで、ゆっくり眠らせてくれ!」
願い事を言うと同時にドアが開き、見知らぬ男が入ってきた。鍵は閉めていたはずなのに。
「誰だお前は。何の用だ」
「願い事を叶えに来ました」
男はそう言うと、懐から銃を取り出し――
パンッとF氏へ発砲した。
F氏は孤独で、二度と目覚めることのない眠りへ落ちていった。