八峰零時のハジマリ物語 【第一章 005】
《そうだ。それがワタシがここにいる理由だ――『堕天使』は、『創世の大樹』からワタシを引き剥がし、眠りからまだ覚めやらぬ状態のワタシをすぐに殺そうとした》
《しかし、寸でのところで扉から天界の精鋭部隊が突入し『その時』は危機を凌いだ》
「『その時』……は?」
《そう、何と言うことか……この『堕天使』は想像以上の強さだった。その精鋭部隊は五人いたにも関わらず、その『堕天使』一人に殺されてしまったのだ》
「えええっ!」
《その頃にはワタシも大分目覚めていた。そして周りを認識できるようになるとそこには……その精鋭部隊の、無残な姿が……ただただ……転がっていた》
「……!!」
シッダールタは、コブシを強く握り、怒りの感情をむき出しにした顔をして震えていた。
《そして……こいつは精鋭部隊を殺したあと、再びワタシを殺そうと近づいてきた。しかしその時、精鋭部隊の一人が瀕死の中、恐らく最後の力を振り絞ったのだろう……『堕天使』よりも早くワタシの前へ移動し、残りの力で『転生の術式』をワタシに発動し、その場所からワタシを『人間界』へと飛ばしたのだ》
「て……『転生の術式』?」
《ああ。『転生の術式』とは本来は『人間界』で『寿命で死んだ者』や、『予定より早く死んだ者』を再び、『人間界』へと転生……つまり『生まれ変わり』をするための術だ》
「へえ……じゃあ、お前はその『術』で人間に生まれ変わったてこと?」
《いや、その術式は、恐らく術者の残りの力が足りなかったのだろう……不完全に発動してしまったのだ。おかげで、ワタシはすぐには人間へと『転生』ぜず『霊魂』の状態のまま、『人間界』を彷徨うこととなった》
「不完全? 霊魂?」
《ああ――とは言っても、まあ、そんなに時間もかかることなく新しい『器』をこうやって手に入れることができたからな。助かったよ》
「……それが俺ってわけ?」
《ご名答~! ワタシが『霊魂』の状態でフワフワと『器』を探していた矢先に、君が『悪魔』に襲われているじゃ、あ~りませんか!》
だからこいつ、何か、古いんだよな~。
《それで、君が『悪魔』に心臓を抉り取られた瞬間に『憑いた』ってわけ。そして、君の『脳の停止』……『脳死』が起きる前、つまり、まだ君の意識が肉体に留まっている間に契約を取り付けたってわけ》
「俺の肉体……『器』が必要だったから?」
《そのとおり。でも君はそれだけじゃなく、ワタシの力の回復も手伝うという提言にも了承した》
「力の回復?」
《そう。ワタシはこの『人間界』で力を回復し、『天界』へ戻り、悪魔たちを一掃しなきゃならないからね。それには人間の君の助けが必要だったというわけ》
「けど……俺、その『契約』したことなんてまったく覚えてないぞ」
《え~、そんなことは無いはずだよ。だってそのときの君は『脳の機能』には何も問題なかったんだから。人間の意識は『脳の機能』の一部に属するものだから『脳』が問題ないのであればちゃんと覚えているはずだよ。まあ、もしかしたら事件のショックで今だけ忘れているだけかもしれないけどね》
「本当かよ~?」
《本当だよ! だって現にホラ……》
そういうとシッダールタの手の平が光り、ホログラムのような映像が映し出された。
「う、うわっ!」
《ほらね、ちゃんと君が契約しているだろ?》
そのホログラム映像には、『切迫した顔のシッダールタ』と『表情のない能面のような顔をした俺』が会話をしていた。
シッダールタ:「零時、君の身体を天界のためにワタシに捧げてほしい!」
俺:「……カマワナイ」
シッダールタ:「それだけじゃない。この人間界でワタシの力の回復を一緒に手伝ってほしい!」
俺:「……カマワナイ」
シッダールタ:「そうか、ありがとう! 助かるよ!」
俺:「……キニスルナ、モトモト、オマエ ト ワタシハ ヒ……」
えっ?
こ、これ、俺か?
――プツン。
すると、途中で映像が消えた。
「お、おい! 続き見せろよ」
《いや、ここであの『通り魔の悪魔』が頭を潰しにきたもんだから、ワタシは咄嗟に君の身体を動かして身をかわしたんだ……だから、映像はここまでしかないんだよ》
「頭って……コエーよ、悪魔」
《まあ、でも、君はワタシと契約をした後だったから、その後はワタシがその『通り魔の悪魔』をやっつけたよ》
「やっつけたって? あの悪魔……すごい強かったぞ」
《それは零時、君の『人間』としての感覚の話だろ? あの程度の悪魔、ワタシの力を顕現させた君と比べたら『スマップ』と『ジャニーズジュニア』くらいの差がある》
「『例え』がわかりづれーし微妙だよ」
《まあ、とにかく! あのくらいの悪魔、『敵じゃない』ってこと》
本当かよ……あの『通り魔の悪魔』すごく強かったぞ。何だろう、こいつの言ってることだからどうしても信じられん……。
《あ、零時……信用してないな》
「当たり前だ」
《ひ、ひどい!》
ひざをつき、ガックリとうなだれる天界の救世主(メシア)さん。
「とにかく状況はある程度理解したよ。つまり、俺はお前の『力の回復の手伝い』と、力が回復した後、『身体をお前に譲る』ってことだろ?」
《あ、ああ。ただ『身体を譲る』って意味は……》
「わかってる――そのときに俺は正式に死ぬってことだろ?」
《…………》
シッダールタは何も言わなかった。
まあ、それが『答え』なのだろう。
《いいのか、零時? いまさら手遅れな話ではあるけれど……》
「まったくだよ。そんな、いまさら『いいのか?』なんて聞くなよな~……ま、いいさ、別に」
《本当?》
「ああ……こうして生き返ったおかげで、家族や親友たちを一時であるにせよ、喜ばせることもできたしな……それで充分だ」
《……零時》
「ありがとな、シッダールタ」
《……》
こうして俺はシッダールタから事情をすべて聞いた。
正直、普通だったらマトモには信じられない話だが、こうやって『身を持って知った話』だ……疑いようがなかった。
シッダールタがどれくらいの期間で力を回復させるのかはわからない。だが、それまでの命ってことがわかるだけでもありがたい。
「期限付きの命」ってことだけでもわかれば、せめて後悔しない人生を送ってやるさ。
俺はそうやって自分に改めて『活』を入れた。
――しかし、
話は、そう『単純な話』ではなかったことに、俺はこの後改めて気づかされるハメになる。
シッダールタのバカ野郎のおかげで。
――それとはまた別に、
俺の知らないところで、別の『思惑』が動いていることにこのときの俺は気づかずにいた。
《……何とか、うまく『誤魔化せた』みたいだな》
物語はまだハジマッタばかりだ。
作品名:八峰零時のハジマリ物語 【第一章 005】 作家名:mitsuzo