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怠慢探偵(1/4)

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昔は「ヒーロー」ってやつになりたかった。頭脳派だろうと肉体派だろうとなんでもいい、悪を倒す弱い者の味方。幼少時に戦隊物のテレビ番組を見て抱いた安っぽくも淡い願望は、小、中、高と年齢が上がるにつれて少しずつ腐っていって。

「お願いっ、力を貸してください」

こうしてヒーローになれるかもしれない機会を前にしても。

……めんどくせ。
大学に入学して以来すっかりと朽ち果ててしまったのであった。


第一章 起

ことの始まりは俺が入部している小さなサークルで起こった。
大学一年生、人生初の二か月に渡る夏休みを怠惰に享受し続けた結果、何も変わったこともないままに一年後期の大学生活を迎えることとなった十月。
夏休み前の指すような暑さも、うっとおしい程に辺りを覆っていた緑も影を潜め、秋の落ち着いた気候と鮮やかな紅葉が田舎にぽつんと立てられた大学を取り巻いている。
眠気交じりの眼をこすり、自宅から冷房要らずとなったバスにゆられて約三十分。夏休み前とは違った景色の自然に目を奪われつつも、久しぶりの講義を受けるために構内に足を運んだ。
数か月に会った友達もいるし、夏休み中何度か遊んだ友達もいる。久しぶりだねー。なんて会話を交えつつ、夏やすみでだらけた気分を捨てきれていないのは俺だけじゃないらしいようで皆眠気交じりに講義に出席していた。
一日の講義を終えた俺と二人の友人はバイトやら他のサークルやらに勤しむ友人たちに別れを告げて、欠伸交じりに自分たちの部室を目指す。

辺りを自然で囲まれた田舎丸出しの大学敷地にはところせましと二桁近くの棟が建てられていて、学科や学年別で利用する棟も変わってくる。実際一人当たり利用する棟は全体の半分程度であろう。
その中の敷地内の最果て。主に座学を中心とした講義を行う厚生棟の四階奥。古くなって講義にも使われなくなった教室に俺たちの部室は存在した。
「探偵サークル」
一見すればふざけてるかとんでもなく精度の高いサークルのどちらか……そんな印象を受けるだろう、大学生が探偵ごっこをするなんてださすぎる。だとすればおふざけサークルか、それとも大真面目に活動が行われている由緒正しきサークルか。
実情は俺たちのみが知る。といったところだが、「生まれはいいが育ちが悪い」という言葉がしっくりくるように感じる



……時は遡って新入生勧誘の季節。華やかなポスターやら体育館をつかった会場での勧誘パフォーマンスやら勧誘ライブやら。日陰を生きることにすっかり慣れてしまった俺は特にやりたい部活やサークルがあるわけでもないし、華やかな大学生活を送りたいとも思わなかったためにそれらを見ても興味なし。友人たちとだらだらできればいいと考えていたのだけど。

「なんかすげーサークル見つけた!絶対面白いから行こう行こう」

大学の食堂で惣菜パンをかじる俺と三人の友人の元に小走りで現れたのは田中という同級生だった。大学のオリエンテーションで知り合って以来仲良くなったこの田中という男の特徴は、一言でいうと「巨漢」に尽きる。百八十を超える慎重に大柄な肉体。残念な点を挙げるとすればその肉体の大部分が筋肉でなく贅肉で構成されているところか。
常に高いテンションと深く物事を考えず何でも言ってのける性格は、時にうるさいが気兼ねなく付き合うことができる何気に貴重な存在だ。

「なんだ、食べ歩きサークルでも見つけたか」
四人の中で初めに昼食を咀嚼し終えた岡田。という男が怪訝そうな顔つきで唐突に胡散臭いニュースを持ち込んだ田中に返す。
岡田は田中と同じく百八十cm以上の身長を持つ高身長の男だが、明らかに田中と比べて違うのはその体系であり、ドラム缶のような田中に対して岡田は死にかけのナナフシのように細い。顔立ち自体は男らしく濃い顔立ちをしており、声も重低音なダンディーボイスであるがゆえにその細すぎる体型で非常に損をしている男だ。
岡田とは小学校以来の腐れ縁であり、何となく親友的な感じもするが自分の片思いだった場合非常に痛々しいので明言したことはない。

「失礼な。俺は上品なでぶなんだ。食べ歩きなんてごめんだね」
「上品なら痩せろ」

鼻息荒く憤慨する田中に対して今度は俺がため息交じりに突っ込みをいれる。
一瞬憤怒の表情を見せるが、主に喜の方向に感情をコロコロと入れ替えることの出来るという特徴をいかんなく発揮し、再び高揚した表情を取り戻した。
「向こうの掲示板であったんよ。見てちょ」
肩掛けカバンをごそごそすると新品に近いと思われるスマートフォンを取り出して俺たちに差し出す。
画面に映し出された画像フォルダには、別棟の階段付近の壁が映し出されており、よく見ると小さな紙が壁に貼り出されている。

「探偵サークル……部員募集?」

簡素な紙に単刀直入に書かれた文字を読み上げると同時に、田中がにゅいっと顔を近づけて「どう?どう?」と興奮さめきらない様子で伺ってくる。暑苦しいからどいてくれと顔をどかせるのと同時に頭の中をよぎった感想は、馬鹿じゃないのか。という冷めた感情。
どうやらそれは他の四人も同様だったらしく、各々ため息をついたり失笑したりと反応は大体似通っていた。
こんな感じで一蹴された田中の好奇心であったが、引き下がらず一緒に来てくれと懇願され続けた結果として俺と岡田の二人で放課後ついていくことになった。
他の二人は他に行きたいサークルがあったらしい。どうやら大学生活を満喫したいようだ。
俺も岡田も御世辞にも好奇心旺盛な性格ではなく怠惰よりの人間である。しかしながら友人のささやかな頼みに付き合うくらいの行動力はあるのだ。実際引き下がらない田中がうっとおしかったという怠惰丸出しな本音は心の引き出しにそっと閉まっておいているが。

……そして講義終了後、巨漢と痩身の二人に挟まれた小人である俺(百七十にギリギリ届かない程度とだけ明かす)は勧誘紙に書かれた活動場所に向かうのであった。余談だが俺がヒーローを諦めはじめた最初の原因の一つはこの身長であった気がする。ヒーローは高身長の方が映えるのだ。そんな苦い過去を思い出しつつ、道に散らばる桜の破片を蹴り飛ばしながら活動場所のある棟にたどり着く。階段を上がること四階分。すっかり運動不足となった大腿筋が収縮を繰り返し悲鳴を上げる。
田中の激しい吐息を耳障りに感じながらたどり着いた教室のドアには小さく「探偵サークル」と書かれた張り紙。誰が先に入るかという軽い小競り合いをすること一分。言い出しっぺの田中を先頭にして教室に踏み込む。

授業にも使用されなくなった空き教室だけあって少し狭い空間に埃っぽい空気。無造作に置かれた机と椅子。夕日の差し込む窓と壁沿いに置かれた棚。それらを見渡せる教卓には一人の男がボンヤリと座っていた。
格好いい、格好悪いというよりとにかく優男。という印象を抱かせる柔らかそうな髪質とおっとりした顔つき。中肉中背の男は「おお」とぼんやり驚くと俺たちを迎え入れた。
作品名:怠慢探偵(1/4) 作家名:螺旋