三月モラトリアム
第一章 コンプレックス・オクトーバー①
「みーつき!」
国立、霜月大学工学部。美月の所属する大学、学部である。
理系学部ということもあり、周りには圧倒的に男子が多い。
しかし美月には恋愛感情というものがもともと希薄なようで、いままでキスしたこともなければ付きあったこともない。
成人になり、そろそろそのような機会も経験しておくべきか、とも考えているが、なかなか難しい。
そもそも恋愛感情がめばえにくいので、こちらからは積極的に行きづらいのである。
じゃあ相手から来るのを待つべきなのだろうか。
美月のふわふわした雰囲気と愛嬌のある笑顔は、実は今迄様々な男子を困惑させたことも多々あるのである。
しかしいざ告白されても美月はうまくはぐらかしたり、気付いていなかったり、そのような何とも罪な振る舞いをしてきた。そのことを美月はいまだに申し訳ない気持ちで後悔していたりする。
「おい、美月!なにぼーっとしてんの」
そんなことを考えながらぼんやりしていると背後から再び声をかけられた。
「あ、和くん」
神座和也は工学部の友達である。明るいスポーツマンで頭も良い。
「なあ、昼ごはん一緒に食わねー?」
最近、和也からこのような誘いをよく受ける。最初は別に気にせずつきあっていたが、最近どこか下心もあるような気がする。ボディタッチが多かったり、歩く時距離が近かったり。
でも自意識過剰かもしれないしなあ、と思う美月は何だかんだで了解してしまうのである。
「和くん、今日のテストできた?」
「まあまあできた。美月は?」
「うーん、わたしは微妙かな」
そのようなたわいもない中身のない話をしながら美月と和也が昼食をとっていると、同じ工学部の片岡宏大と佐々木慶太が近づいてきた。
「なにしてんの、二人で仲良くごはん食べて」
宏大が茶化して来る。
「別に二人で飯食うくらいいいだろ」
和也が少し頬を赤らめて呟く。
「まあいーけど。隣失礼するぜ」
そういって慶太が美月の隣に座る。
和也は小さく舌打ちした。
「美月、今度の南中の同窓会いく?」
「バイトはいってなかったら行こうとおもってるよ」
実は慶太は美月の中学時代からの友達である。
「葉月と佑月もくんの?」
もちろん、葉月と佑月のことも知っている。
「どうかな。暇だったらいくとおもうけど」
「そうか。佑月とか最近全然あってねーし、きてほしいな」
慶太と美月が仲良く話しているのを横目に、和也の機嫌がどんどん悪くなっていっているのを宏大は感じ取った。
「ね、ねえ和!今日のテストできた?」
「あー、ん、うん、たぶん…」
上の空な返事をする和也。宏大は肩を落とした。
「そんなに佑月にあいたいなら家にきたらいいのに。慶太家近いんだし」
美月が唐揚げを頬張りながら言う。
「えっ、本当に!?いいの?」
「いいよー、なんなら今日おいでよ。今夜は葉月も佑月もいるよ」
「俺も、いきたい!!!」
食堂に、和也の声が、響いた。
「なんで和まで…お前家反対方向じゃねーか」
慶太と美月と和也が夕日に照らされながら電車にゆられている。
「その、美月のお兄さんとやらにあってみたくて」
和也が口を尖らせる。
「美月のお兄さんってどんな人なんだっけ」
和也が興味津々にきく。
「うーん、バカとクールってかんじ」
慶太が苦虫をつぶしたような顔をしながら呟く。
「全然性格ちがうんだよ、三人とも。三つ子なのにね」
美月が不思議そうに言う。
「でも仲良しだよー」
そして穏やかに笑った。
「ただいまー。あれ、まだ葉月も佑月も帰ってきてない」
真っ暗な玄関で葉月と佑月の靴がないことを確認した美月は、まああがってあがって、と二人にスリッパを差し出した。
「お母さんたちは?」
「旅行中ー。あの人たち本当旅行好きだからね」
年に五回は行くそうだ。
「お茶いれてくるから、わたしの部屋で待っててー。慶太、私の部屋わかるよね?」
「おう」
そういって美月はぱたぱたとリビングへ去っていった。