三月モラトリアム
プロローグ
「葉月、おきてる?」
ノックせずにドアをあける。いつもならノックしないことをすぐ怒ってくるが今日は何もいってこない。まあそれもそのはずだ。
「起きてないし…」
寝息を立ててスヤスヤ寝てる葉月の頬を軽くべちべちと叩く。
それでも起きない。
「もう、知らねえぞ。俺も遅刻するからいくよ?」
少し大きな声で呼びかけるとぴくっ、と反応する。
「ん……」
葉月の目がうっすら開いたのを確認すると、これならもう大丈夫だろう、と葉月の部屋を出る。
リビングへいくとご飯を食べている美月がいた。
「あ、佑月、おはよう」
「おはよ」
「あ、ねえねえ、この問題おしえて。今日テストなの」
美月がカバンから問題集をだして俺に渡してくる。
「いや、何回もいうけど、なんで理系のお前が文系の俺に化学きいてくるんだよ。しかも工学部のことなんて尚更わかんないってば」
「でも、佑月頭いいもん。わたしより。ねえ、とりあえず問題みてよ」
そういって逃げる俺の腕をぐいとひっぱる。
「もう遅刻するからいかせてくれよー。一限なの、今日」
「えー」
頬をふくらます美月。俺は美月のこの顔に弱い。昔からの癖というか、なんというか、この顔をみるとなかなか断れない。
そうしてしぶしぶ問題を見る俺だった。
昔から、いつもそうだった。
一番上の葉月は、幼くて、喧嘩っ早くて、でも優しいところもあって、そこがまた女子に人気で。
一番下の美月は、女の子ということもあってか、父母にも溺愛され、泣き虫で甘えん坊のまますくすく成長して。
真ん中の俺は、そんな2人に挟まれると自然としっかりするようになった。
俺が一番上だったらとか、一番下だったらとか考えることもある。
父母も、「佑月がいるから安心だ」とよく言ってくる。
それが重荷だとは思わないが、あとの二人の将来が心配なのである。
そしてそれを思ってしまう自分も嫌なのである。
そんなこんなで今日も複雑な気持ちで予定より二本後の電車に乗る。
大学三回生の夏のことであった。