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紫陽花

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 「・・あの団地が嫌いなの。年寄りばかりで気が滅入る。知らない間に死んでる老人も多いし、空き家が増えてスーパーも撤退したわ。シングルマザーが入ってくるけど、働くところも学校も遠いから出て行く。近くに斎場があって人を焼く煙が流れてくるし・・最悪の環境だわ。でも学校が決まるまで頑張ろうと思ってた。・・それが、」
 言い淀んで肩を震わせた。
 「・・それが母に男の人が出来て入り浸るの・・その男は下心があるようだし、落ち着いて勉強出来ない。」
 泣きじゃくるA子の肩を抱き寄せた。高嶺の花と諦めていたKには願ってもないチャンスである。力一杯抱きしめて叫んだ。
 「分かった!助けてやる。家を出よう!勉強の出来る所に移ろう!」
 泣き顔に笑顔が戻った。Kのクビに抱きついた。
 「ホ、ホント!ホントに面倒見てくれる?ヤッター!」
 飛び上がらんばかりの喜びである。黒服が場所をわきまえぬ盛り上がりに冷ややかな視線を浴びせた。二人は援交を約束し指切りゲンマをした。Kは指を鳴らして暇そうにしている黒服やホステスを集めるとボトルで大盤振る舞いしたのである。
 酔っぱらった二人はタクシーに乗るとラブホテルに直行した。着衣を剥ぐのももどかしくベッドに倒れ込んだ。Kは娘のようなA子の若々しい身体に我を忘れ、A子は父親のようなKの加齢臭も気にならなかった。ことの後でA子はささやいた。
 「パパって呼んでイイ?」



 「パパ」と呼ばれたときの気持ちをどう表現したらいいのだろう。
 照れくさいような、嬉しいような、誇らしいような、何とも言えない無上の喜びに包まれたものである。独身主義者のKは連れ合いは勿論、娘がもてるなど夢にも思っていなかった。それが愛らしいA子から「パパ」と呼んでもらえる。頼られ甘えられるのが何とも言えず心地良い。
 翌週、二人はめぼしい物件を見て歩き、週末には学生街のワンルームマンシュンに引っ越した。不動産屋は歳の離れた二人を、A子がパパといい、KがA子と呼び、親子であると思って疑わなかった。援交したKの恋情は男女の性愛より、父娘の情愛に近いものだった。
 環境を変えたA子はバイトを辞めて勉強に専念した。運動するのは朝夕一時間の散歩だけ、散歩中も単語帳を手放さなかった。Kの訪問は土曜日の夜に限定され、手作りの夕食で会話を楽しむと自ずから男女の関係になった。部屋は勉強専用でテレビもなく、共通の話題も少なく、会話が尽きると抱き合うしかなかった。
 勉強漬けのA子がいつも積極的に求めてきた。愛してるとか好きだとか一切言わなかった。擦りあい、舐めあい、絡みあい、ひたすら頂点を極めようとした。セックスは生命の沸騰であり、欲望の爆発であり、心身の脱落である。絶頂を極めると例えようのない恍惚と一体感と虚脱に包まれた。老いたと思っていたKは意外な持久力に自信を回復し、若さを持てあましていたA子はストレスを発散させて勉強に集中出来た。
 その結果A子は第一志望の看護学校に合格したが、その頃二人に決定的な亀裂が生じたのである。
 正月明けの粉雪のちらつく寒い夜であった。卓上コンロで鍋料理に舌鼓を打った後、二人はいつもの様にベッドに潜り込んだ。入試を控えたA子はエキサイトして攻撃的で、人事の山場を迎えたKは疲れ気味ですぐに逝ってしまった。Kはそのまま眠ってしまったが、逝きそびれた彼女の身体は疼いたままだった。シャワーを浴びてもう一度と思ったが、Kはだらしなく眠っている。A子は新調のパジャマを羽織って目覚めるのを待ったがその気配がなく、Kを揺すった。
 「ねえ、起きてよ~」
 寝ぼけ眼だった。A子の顔が見えず、鮮やかな水玉模様のパジャマが飛び込んできた。ワア~、Kはパジャマを払いのけた。
 「ヤ、ヤメロ!ダ、ダメだ!・・近親相姦だ!」
 ベッドの上で頭をかきむしるK。思わぬ言葉に唖然とするA子。
 「何?・・近親相姦って何?」
 Kが絞り出すように叫んだ。
 「妹だ!亡くなった妹が現れた!ゆ、許してくれ~」
 肩をつかんで揺すぶるA子。
 「よく見て、私よ。私はA子よ!しっかりして~」
 我に返ってガタガタ震えるK。
 「そ、その水玉パジャマはどうした?・・妹のものだ。妹が着ていた。それを着て亡くなった。・・お、お前は妹の生まれ変わりだ!」
 それからKはA子を抱けなくなった。
 抱こうとすると三〇年前の妹が蘇ってくる。高二で亡くなった愛らしい妹、思春期で夭逝した不憫な妹が昨日のことのように思い出される。愛おしく切ない感情がこみ上げ、男の欲望が失せてしまう。
 A子に初めて会ったときから引っかかるものがあった。小首を傾げ下唇を噛んで考える癖、ヒラヒラのフレアスカート、スキップするような足取り、思えばそれらは妹の仕草であった。A子を好ましく思ったのは可愛い妹と瓜二つ、生き写しだったからである。恋情が淡く仄かであったのは年齢のせいだけでなく、遠い昔の兄妹愛を反映していたからに他ならない。
 それはA子にとって屈辱であった。Kが彼女に可愛かった妹を重ねて彼女そのものを見ていないからである。A子自身を見て欲しい、A子としてつき合って欲しい。二十歳過ぎの彼女はセックスを伴わない恋情を理解できなかったし、理解しようとも思わなかった。
 その後何度かKとの期待外れの白けた夜を過ごし、その度に持って回った弁明と精神主義的な恋愛論を聞かされた。Kは宗教者の面持ちで語ったものである。
 「ボクは文字通りパパになりたい。セックスをしなくてイイ。仲の良い親子のようにショッピングしレストランに行き旅行に出かける。それだけでイイ、会ってくれるだけでイイ、お小遣いは今まで以上にはずむ。」
 「イヤなときは会わなくてもイイ、お互い気にかけあう存在でイイ、心が繋がってさえすればイイ。空気のような存在になりたい。」
 「ボクの愛は純粋で献身的だ。キミの幸せだけを願っている。キミの幸せがボクの幸せだ。どんな見返りも期待しない。精神的な永遠の愛だ。」等々・・
 A子にとってKはパトロン(援交)である。二人の間に精神的なものは介在していない。オカネとセックスがあればイイ。観念的なKの言い分は不能男の言い訳にしか聞こえなかった。マンションを出て看護学校の寮に入ると、A子は別れのメールを送った。
 「色々お世話になりました。Kさんと援交するなんて思いもしなかった。援交のおかげで勉強に専念でき看護学校に合格しました。Kさんは人生の新しいスタートの恩人です。
 援交はオカネとHが前提だと思います。オカネだけでもHだけでも長続きしません。Kさんは私に妹さんを見てしまいH出来なくなりました。淋しいです。Hなしの私たちは考えられません。ツライけど援交は終わりにします。サヨウナラ・・助けてくれてありがとう。」

 それでもKは執拗に年齢や肉体を超越した恋愛、男女の永遠の純粋愛を説き続けた。身体抜きの関係など考えられないA子はくだくだしい説教に耐えられなくなった。
 もう限界!ある日、A子は堪忍袋の緒が切れ警察に相談したのである。

作品名:紫陽花 作家名:カンノ