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川辺の姿

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その日は天気が良かったから、多摩川の方まで出かけようと思い、家を発った。
 電車を乗り継ぎ、多摩川の近くにある駅を降りて、雑然とした繁華街を抜けると住宅街があり、その先に堤防が見えた。住宅街を抜け、土手を登って下っていくと一軒のバラックのような小屋がぽつんと建っていた。彼はその中に入り、座敷に座った。

 窓から多摩川が見える。川辺には釣りをしている男が何人かいたし、BBQをしている大学生の集団やら弁当を食べている親子がいた。
 空が青かった。雲一つもなく、程よい天気に恵まれた日だった。小屋の窓から吹く風が気持ちよかった。
彼は靴を脱ぎ、壁に寄り掛かって窓の光景を見ながら、うっとりとした気持ちになった。
店の主が注文を取りに来た。彼はアイスコーヒーと甘菓子を注文した。ここの店員は割とぶっきらぼうである。奇麗に整えられた黒いロングヘアーが美しく、清楚な印象を与える顔ではあったが愛想が悪かった。
 しかし、彼にはそんなことはどうでもよかった。むしろこの小屋で、1人で過ごすにはある意味丁度良かった。彼はお喋りなのは好きではないし、話しかけられるのも好きではなかった。
 窓からBBQをしている大学生の集団が見える。若い男たちだけが集まり、肉を焼いていた。その集団の中にひと際容姿が良い少年がいた。茶髪で赤い線の入ったTシャツを着ていた少年で、何だか場違いな場所にいる感じがした。
 しかし、彼は何だか微笑ましいと思った。そして、少しばかり羨ましいと思えた。彼自身、そのような学生生活を送って来なかったこともあるが、場違いな集団に同化することができる1人の少年が羨ましく思えた。
 そんな光景に飽きてきた頃、コーヒーが運ばれてきた。彼は手をつけずに、煙草を一本取り出して火を付けた。煙草をゆっくり吸いこみ、煙を吐き出した。すると、小屋の中が煙草の煙で充満した。今までコーヒーの匂いが包み込んでいた空間から一変して煙草の臭いで溢れた。
 外の景色にも飽き、バックの中から本を取り出した。青いバックから取り出したのは村上龍の『透明に近いブルー』だった。座敷に横たわり、仰向けに体を倒し、文字を追った。空は相変わらず青く晴れていた。

 30分近く読んでいると、何だか眠くなり始めた。座敷に仰向けになり、『魔の山』を机に置いてコーヒーを飲もうとした。
 しかし、それでも眠気は晴れず余計にひどくなっていき、辺りが段々暗くなっていった。
そして完全に暗くなってしまった。

 目を覚ますと、辺りの光景は白黒になっていた。空も多摩川もそして喫茶店の小屋も白黒の世界に染められてしまった。彼は河川敷の石ころの上で寝っ転がった体制で目が覚めた。
 辺りに人らしいものはおらず、川の光景も一変し全てが白黒映画のようになってしまったことに驚いた。
 俺は確かあの喫茶店で寝てしまったような。ここは多摩川なのか。
彼の頭の中には沢山の疑問が浮かんできた。そして辺りを忙しそうに見回した。すると、遠く川辺の方で1人の少女がしゃがみ込んでいた。その少女は和服にお河童頭で今の子供のようではなかった。
 彼はその少女に恐る恐る近づいた。近づいてみると、少女はおはじきで遊んでいるようだった。少女がこっちに近付いているのに気がづいてのか、こっちを振り返った。

「おじさん、だあれ?」
少女から話しかけてきた。しかし、彼は自分を誰なのか説明することが出来なかった。彼は営業の仕事を辞め、今では只の無職である。それを少女に説明することが出来なかった。だから少女の質問に少しばかりたじろいてしまった。
考えた末におじさんはトラックの運転手をしているんだ、と答えてしまった。彼にとってまだおじさんと呼ばれるのに相応しい年齢ではなかったし、それよりも何故トラックの運転手と答えたのか疑問に感じた。
彼の叔父が長距離トラック運転手で数年前、過労により死んだ。運転席に座りながら死んだ。
 それはともかく、彼は無性に家に帰りたいと思った。家に帰るには駅まで行かなければならない。だから少女に駅はどこなのか訪ねた。
「わたしも良く分からない。駅にはお盆と大晦日の時しか行かないから」
少女はたどたどしい口調で彼に話した。
「でも、街に行けば何とか思いだすかも。」
 彼はその言葉を聞いて安心し、少女に案内を頼んだ。少女は地面に散らばっているおはじきをしまい、ついてくるように彼に促した。
 土手を登って下ると街の光景はどこか古めかしいような懐かしいような光景だった。道路はコンクリで舗装されておらず、街の建物もバラックのような昔写真で見た木造の長屋がところどころにひしめき合った。そして妙なことに古本屋が多かった。
「三日月書店」、「青髭書房」、「田園書院」、「堂山古書」などの古本屋の看板が目に付いた。
「確か看板に太陽の絵があるお店を右に曲がって。。。」
少女が独り言をつぶやきながらこの古本屋で溢れた街を歩いて行った。それに彼はついていった。途中、少女が道に迷い、古本屋の店主に駅の居所を聞き出した。しかし、どれもこれも返ってくる言葉は「知らん。」の一言であった。
彼と少女は途方に暮れた。しかし、少女はそんなことはどこ吹く風で相変わらずであった。

ベンチで少女と休んでいると、遠くの方から汽笛の音がした。
「近くに汽車が走っているかも。」
彼と少女はその音のする方向に向かって走っていった。
確かに汽車が走っていた。街の間をすり抜けながら汽車が走っていった。少女が駆け寄り、車掌の男に駅まで連れて行っておくれ、と言った。
 シルクハットをかぶり、青い髭を蓄えた紳士風の車掌は「分かりました。」と一言いい、彼らを乗せた。汽車に乗ると、汽車はどこまでも建物の間をすり抜けるようにして走っていった。途中、広い空き地に出ると、一軒の立派な煙突を備えた家が見えた。煙突には縦長の半紙のようなものが取り付けられ、何か文字が書かれていた。その文字を良く見てみると
「地獄極楽みなキチガイ。されば運命はたまた人生」
と奇妙な文字が書かれてあった。その文字を見た時、ゾッとしたような恐怖を感じたが、やがて恐怖が薄らぎ、なんだが自分に自信をもったような気持ちになった。
 汽車はだんだん速度を落とし、住宅街の中を停まった。青髭の車掌が「着きました。」と一言、彼に言い放った。汽車を降りると住宅街の中にぽつんと駅のホームだけがあり、看板には「上り戸」と書かれていた。
 ようやく目的地に着き、彼は安堵した。そしてここまで付き合ってくれた少女と青髭の車掌にお礼を述べた。
 電車が来るまで少し、時間があったので煙草を吸うことにした。煙草を吸うと何だか水パイプを吸いこんだように甘い果実の香りが彼の鼻に来た。

それからハッと目が覚めた。彼が見ていた光景はすべて夢だったのである。悲しい眼をした少女も古本屋だらけの街も、青髭の車掌もすべて夢だったのである。しかし、水パイプのような香りだけはこの現実世界に残っていた。店の主である女が水タバコをふかして窓の光景を見ている。そして、夢で感じたあの安堵感と情熱はまだ残っていた。夢で見たあの奇妙な言葉の羅列が彼に安堵感と不思議な情熱を感じさせたのだ。
作品名:川辺の姿 作家名:ゆず