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楡原ぱんた
楡原ぱんた
novelistID. 10858
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無くしものと、今

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 知り合いが、同じ講義をとっていることはほとんどない。普通ならば、代返可能な講義を一緒にとることもする人がいるが、私としては学びたい授業はどうしても人それぞれだった。
 だから、この講義だって、語り合うような知り合いはいないのだ。本当の意味での知っている人はいるけれども。

「何って、教授の話を聞いている。君こそ何をしているのだ」
「何って、話を聞いています」
「ふぅん。そのようには見えなかったけどな。ペンを持ってもいないようだ」

 右手で顎を支え、左手で器用にペンをくるくると回している。ノートが開いているが白紙。私よりは真面目に受講しているように見せていた。
 しかしその表情は実につまらなさそうである。

「講義は?」
「依然話したと思うが、『神秘の器』が大好きな知人に不快な気分にさせられたので、代返を任せてこちらにやってきた」

 ごほん。教授が咳をした。ふと、視線を前へ向ければ、教授がこちらを見ていた。ああ。ついてない。
 すみません。と、一礼して前を向き直した。そのあとは、背中を数回ほど突かれても、無視を決め、本も読まず真面目に教授の話に耳を傾けたのだった。

「どうして、講義にいたんですか。先生」

 講義が終わって、教授も生徒も部屋から退出していった。数名の生徒と、先生と私が残っている。この後に授業が入っていないのだろう。移動時間という名の休憩時間十分は安くない。ゆっくり出来る者は、授業が入っていないという結論に至る。先生も私もその中に含まれる。

「ここは僕のとっていた講義場所から一番近かった。それだけだよ」
「何だか、今度は先生が機嫌悪いようですね」

 気がつけば私の気分は先ほどより、底辺ではなくなっていた。しかしかわりに先生の気分が悪いようだ。

「嫌いな奴ではないのだが、限度というものを考えていないものだから」
「先生にも好き嫌いあるんですか」
「……聞きたいかい?」

 眼が笑っていない。単純に聞いただけだったのだが、聞いてはいけないスイッチだったようだ。何が、駄目なのか未だによくわからないものだ。こと先生の感情のスイッチに関しては。

「遠慮しておきます」
「おや。残念。細やかに嫌いな人物像を、一からあげていってあげようと思ったのだが」

 どうせ細かく言うのなら好きな人物像の方がまだ聞きやすいのに。明らかな厭味だ。余計なことは、詮索するなということなのだろう。踏みこんでも良い範囲は現在地点で、それ以上は踏み込んでくるなという。
 人付き合いがうまく出来ない私にとって、友人知人を一人なくすということは致命傷である。ただでさえ少ない希少な存在なのだから。
 ゆえにこれ以上踏み込んでくるなと牽制されてしまえば、私は素直に従うのみだ。どうしていいのかわからないのだから。
 困って、肩を竦めれば先生は立ち上がった。

「さて。僕は二限目をサボタージュするとしよう。君はどうする?」
「サボタ……サボりですか?」
「学生の本分は勉強と言われているが、常に勉強尽くしでは気分が下降する人種だっている。僕はそうではないのだが、今日はそのような気分だ。休む回数が多ければ単位を無くしてしまう恐れがある。しかし心の持ちようだ。怠惰にとりつかれてはいけない」

 真剣な顔でサボりについて語るものだから、何だか講義を受けているような気分になった。
 ちなみに次の講義まで残り五分をきっている。
気分は平常通りに戻りつつあるが、気だるさはまだ拭えない。次も予定は入っているが、たまには休んでも大丈夫だろう。受講態度は優等生並みだ。高校時代はほとんど保健室に入り浸っていたのに。

「先生が怠惰になったら、引きこもりそうですけどね」
「誰でもそうとは言わないが、可能性は何事も零ではないからな。君が怠惰にとりつかれたら、全てを無くしそうだ」
「ああ。もうとっくに色々なものを無くしていますよ。昔は怠惰そのものでしたから」
「そうか。過去は各々の物だからな。無くした物もまた大事なものだと僕は思うよ」

 先生は掌を力強く握ったり、開いたりした。

「それで、どうするんだ?」
「ご一緒しましょう。どうせなら今日一日は遊びましょうよ。ちょうど朝から、遠出したい気分だったんです」

 荷物を鞄にしまい込む。先生から借りている本は、別の個所に丁寧に入れた。ついでに持ち物を確認してみる。財布。化粧ポーチ。携帯端末。中身は粉末を溶かして作る某スポーツ飲料のマイボトル。自宅の鍵。必要教科書。改めてみると万全だった。気分は最悪だったにもかかわらず、きっちり用意していることに若干驚きを感じる。
 これならば遠出でも大丈夫と、先生を見れば顎に手を掛けて、眉間にしわを寄せていた。何かをしでかしたかと思ったが、そうではなくサボってからすることを考えているらしい。
 単に遠出といっても、別に遠くなくても良いのだ。モラトリアムの時に何度も感じたような、「ここではないどこか」に行きたいだけなのだ。
 何事にも全力投球なのかそうでないのかわからないが、先生は真剣に考えているようだった。

「電車でも使って、出掛けるか。もしくはバスで海を見に行くか」

 珍しい発言に思わず笑った。
もっと近場だと思っていたので、尚更珍しい。ここから海までは近く無いが遠くもない。けれども歩きでは結構な距離である。
それにしても、だ。

「賛成なのですが、それではまるでデートですね」

 私の言葉に虚をつかれたような、今まで見たことのない表情を浮かべた。
 また笑ってしまった。今度こそ、朝の最悪な気分が無くなってしまったようだった。

作品名:無くしものと、今 作家名:楡原ぱんた