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楡原ぱんた
楡原ぱんた
novelistID. 10858
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無くしものと、今

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朝から気分はどん底だった。それはもう深海の沈没船の如く、浮上することが出来ないぐらいに、最悪だった。
 人間、誰しもそういうことはあるのではないだろうか。一年に一度か、半年に一度か、月に一度……個人差はあるだろうけれども。
 本日がまさに私にとってその日なのである。
 幸いなことにまだ、誰にも出会ってない。会っていたら八つ当たりしそうだ。誰にも会いたくない。
 さて、どうしたものだろう。
 いくら誰にも会いたくないとのたまっても、今日は平日だ。私の職業は大学生だ。つまり人とのコミュニケーションを避けることが出来ない。
 鬱だ。帰りたい。
 そんなことを考えつつも、大学への道程をしっかりと歩んでいる辺り臆病者だ。休むということをしたくないとか、使命感とか、律儀とかそういうことでもない。
代返してもらえる相手がいない、というだけなのである。基本的に現在のシステムでは、代返という不正が出来ないような大学が出てきているが、この大学はまだ緩い。噂によると再来年度ぐらいには代返禁止措置が投入されるらしいのだが、今はまだ関係ないと思っている。
 だが、それが出来ないから私は臆病者なのだ。これぐらいで臆病とか使いどころが違うような気もするが、ともかくそういうことなのである。
 足取りが重い。坂道というわけではないのに、足を上げるのが辛い。ここで立ち止まってもどうなるわけでもない。一度ぐらい休んでも良いのではないか。休む画策をする。休むつもりもないのに、計画だけ面白いように浮かんでくる。これはこういう理由で、あれはああいう理由で……考えに耽った。途中、何度か、何もないところで躓いたが気にならなかった。たぶんそのうちの何割かはいつものことである。

「やあ、おはよう。ひゃくめおにくん」
「――百目鬼です。おはようございます、先生」

 歩いている横からひょっこりと顔を出されて、大いに驚いた。飛び退いて、けれども毎回同様に訂正をしておく。いつの間に近づいてきていたのだろうか。

「ふむ。やはり、景気の悪そうな顔をしている」

 眉を顰める。どうしてわかったのだろう。
 先生は私の様子に苦く笑って答えた。

「歩き方の覇気が無い。まるで、不貞腐れた子供のようだ」

 確かに、前を見ずアスファルトの凹凸を眺めながらゆっくり歩いていれば、子供が不貞腐れているようにも見えなくは無いだろう。

「ええ。子供ですよ、どうせ」

 口にしてから、本当に子供のようだと思った。拗ねても何もないというのに、先生相手に何を言っているのだろうか。

「そんな日もあるだろう。感情というのは無くすことができないものだからな。たまに忘れるようなことがあっても、全く無くすことが出来るようなものではない」

 先生は私より先に歩みを進める。追い越されたのだ。

「お昼頃には機嫌も治っていると良いな」

 右手をひらひらと振り、そのまま振り返ることをせず行ってしまった。自分で言うのも何だが、触らぬ神に何とやらという感覚なのだろう。べつに一緒に登校する約束をしていたわけではない。なのに、何故だかとっても悲しく感じてしまった。思わず、首を振る。そんなわけがない。今まで人に会いたくないとすら、思っていたのだから。情緒不安定だからだ。きっとそうだ。
 気付けば、嫌なことを回避する計画が、パアになった。明らかに先生の出現に驚いたせいだ。でも声を掛けられること自体は悪くない出来事だ。全く声を掛けられず去られるというのも、些か寂しいものだ。
溜息を一つ吐いて、気持ちを切り替える。かといってまったく効果が無いことは、自分でも良くわかっている。だが仕方ないので、素直に講義を受けることにした。

 漸く辿り着いた、旧校舎の一室。
 新校舎の一室と比べれば、大きな広さではない。高校の教室を二部屋ほど、縦に繋げたような広さだ。座っている人数はその半分。見知った顔がちらほら見えるが、実際に話したことは無い人たちばかりだった。いわば完全に知っているだけ、の人である。
講義開始の約十五分前。少々、騒がしい。同じ学生であるはずなのに私以外はとても元気なようだ。
もちろん、先生はいない。記憶が確かならば、今日の彼は朝から科技部の講義を取っているはずだ。統計学だったか。物理学だったか。自分の授業で手が一杯だったので、その辺りは良く覚えていない。
前に詰めて座らなければ、一人目立つことになるので、なるべく人のいるところで、かつ後方に腰を下ろす。
朝からの講義は実に眠く、だるい。その上、人が密集しているというだけでも、落ち着かない。
特に後ろの席に誰かがいるという状態が。
 人気の講義ではないが、それなりに人はやってくるのだ。後ろの席は人気が高く、競争率が激しい。何をやっていても露見しないだろうという考えが浮かぶが、実際は前の方が死角になっている。後ろに座れば座るほど、教卓からは良く見えるのだ。理解しているが、後ろの方が根拠のない安心感がある。
 もしかしたら、私のように自分の後ろに他人がいる状況は、誰しも落ち着かない気分にさせるのかもしれない。
 だとするのならば私もその他大勢の人間と何も変わらない。いや、事実であるのだ。何も変わらない。ちょっと変わっていて、人より頭脳知数よろしくなくて、何もないところで転びそうになって、それでもただの人だ。
 とっても間抜けだ。哲学的な考えが浮かんでは消えを繰り返すが、答えがあるのならば先人たちが発表しているだろうに。とりあえず、講義の用意をする。必要なものを出し終われば、先日借りた本を取り出して開く。
 読んでいたらいつの間にか、白髪の教授が入ってきていた。
うろうろしていた生徒たちは各々座った。最初から大人しく座っていろよ。なんて、友達いないやつの僻みだ。談笑すらせず、じっと先生から借りた本を眺めていた私。授業に関係ない本を読んでいるなよ。自分に突っ込んでみる。どれもこれも虚しいだけだった。
 本当に、何しているのだろうか。
 朝だというのに既に何度目かの溜息が出た。早くも記録を更新しそうである。数えたことなど無いけれど。
 教授が発言しているというのに、私は全く耳を傾けることも無く、下を向いていた。堂々と本の紙面を捲る。
しかしこの講義は出席率と試験で決まる。ノートの持ち込みは可能だが、試験自体はレポート形式だと教授が話していた。けれども私は思うのだ。どんなに話を聞いて、どんなに綺麗なノートをとっていても、レポートというのは教授の好みで決まるのだと。あとできちんと関連書物を読みますので、許してください。私は本日、そのような気分ではないのです。
自分に言い訳をして、本に没頭しようとした。

「――っ!」

 不意に背中を突かれた。
何なのだ、一体! 
驚いて背筋が伸び、顔を上げてしまった。声が出なくて良かった。さらに幸運にも教授は本に視線を落としながら、生徒たちに話している。危なかった。
恐る恐る元凶を確認するために振り返る。何か用だろうか。

「……何をしているんですか」

 かなり小声で話しかける。
作品名:無くしものと、今 作家名:楡原ぱんた