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楡原ぱんた
楡原ぱんた
novelistID. 10858
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夢と希望が詰まっているという神秘の器

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せめて公共の場は止めてほしいと思うのだ。毎回のごとく。

「――胸部、胸板、胸、乳房、バスト、おっぱい。ん? おっぱい?」

唐突に脈絡もなく、黙ってプリンを食べていた目の前の男は口を開き始めた。
ああ。また始まった。
私は悪戦苦闘しながらたらこスパスタを食べていたのだが、その手を止め、頭を抱えた。

「なあ。ひゃくめおにくん。どうしておっぱいって言うんだろうなぁ」
「何度も何度も訂正させていただきますけどね、先生。私はひゃくめおにっていう名前ではなく、百目鬼っていうんですよ。確かにひゃくめおにって書きますし、間違うのも無理は無いと思います。珍しい上に妖怪にもいるようですけどね。どうめき、ドウメキですよ。何回、何百、何千と先生が間違えようが訂正させていただきますよ」
「そうだなぁ。で、ひゃくめおにくん。何でおっぱいって言うんだろうね」

話を丸で聞いていないような、口ぶりに殴ってやろうかという気分がもう何度も起きているが、ここは我慢である。そう、残念なことにいつもの事なのである。気にしてはいけないのだと、心の中で呪いのように自分に暗示を掛ける。でもどうしても、名前だけは訂正させたい。大学卒業までにはきちんと呼ばれたい。

目の前の男。年齢は知らない。大学というのはピンからキリまでの年代の方々が多い。だから、同時期に入学したとしても、年齢は別なのだ。見た目は二十代前半に見えなくもない。だけど、実際は三十歳ですと言われても通じそうだ。もしかしたら、私が見た目と年齢の区別が出来ないだけかもしれない。正直な話。二十代も三十代もあまり差がないように感じる。さすがに三十代後半と二十代とでは、なんとなく区別がつけられるけれども。
面と向かって今さら聞く気も起きないので、そう言うわけで先生の年齢は不詳である。不詳とする。
名前はきちんとあるのだが呼ばれ方は様々で、一番多いのが「先生」である。長い名前なのでこちらの呼ばれ方が定着している。私も先生と呼んでいる。その理由は毎日、白衣をまとっているからではないかと私は推測している。疑問に思って何故、白衣を着ているのか問えば「清潔だろ」と一言で終わった。その下の服装は在り来りなカッターシャツとスキニージーンズ。これは会うたび色が違うので、発言通りに清潔さを気にしているのだろう。補足すれば今日は白藍――薄水色と発言したら訂正された――のシャツに暗黒色――これも黒と発言したら同じく訂正された――のスキニージーンズである。
けれども潔癖、または潔癖症というわけではない。
先日「世の中は三秒ルールで成り立っているのだ!」と箸から落とした唐揚げを素早い動作で拾い上げて、口に運んでいたところを目撃している。教えてやる義理は無いから黙っているが、三秒ルールは無意味だということをとあるテレビ番組が検証し、結果を放送していた。私は彼の奇行について気にしていないので――というよりも、いちいち気にしていては身が持たないというのが本音である――苦言も何も言ってはやらないのだ。

行動に清潔さは感じられないが、見た目は清潔を保っている。髭は生えているのか生えていないのか知らないが、きちんとそっているのかもしれないが、生えていない。見たことがないので、伸びたまま放置ということもないだろう。
髪の毛も寝癖があるところは今のところ見たことがない。サラサラで見事な直毛で、長さはショートヘアーだ。でも厳密な髪型の名称としたら、アシメと呼ばれるアシンメトリーである。左右非対称。右が短く、左はそれよりも少々長い。整髪料は使っていないらしい。曰く「ベタベタするのは汗と彼女だけで良い」とのこと。「でも彼女いませんよね」と私。彼は眉根を寄せて「誰しも心の中に理想の彼女、あるいは彼氏がいるものだよ」と反論された。
心当たりが大いにあるので、閉口した。

ちなみに脚は私の蹴りを食らわせれば折れるんじゃないかって言うほど細い。というよりは、全体的に細い。心底、羨ましい。

先生との出会いは、ゼミで一緒になった事だがそれは人生最大の汚点だ。あれ以来、私はいつも彼とセットのような扱いを受けている。実に心外である。更に不快なことに、一部の理由を知らない生徒からは恋仲であると思われているようだ。頭が痛い。

「なぁ、」
「しつこい。五月蠅い。しまいには殴ってもよろしいでしょうか?」
「うん。丁重にお断りする。でも知りたい」
「知りたいのなら、図書館または電子図書館などを利用すれば良いでしょう? ハッキリ言えば私は知らないです。興味ありません」

時間はお昼を少し過ぎたばかりの午後1時半。場所は公共の場である学食だ。昼時のピークを過ぎた後なので閑散としていて、静かだ。全くな無音というわけではないが余計な雑音がない分、声が良く通る。
つまり、だ。
今この段階の会話が、学食の空間に響いているのだ。
もう一度、状況を把握しようじゃないか。
ピークを過ぎたとはいえ、無人ではない学食。生徒、どの学部に所属しているかなど知る由もない他人が数名。周囲半径一メートル以内に二人組の男女が一組。リア充は吹き飛べ。
さらに五メートルになれば、先生側にオタクのような容貌をした男が名物ナポリタンを一人で食している。私側は、見えないし見たくもないのだが、確認すれば女が一人。イヤホンをしながら携帯端末に向き合って指を凄く動かしている。ゲームをしているのだろう。
十メートル。学食のおばちゃんたちが、布巾でテーブルを拭いている。まだ生徒はいるが、あとは割愛する。

先生にもう少し常識があればなぁ。声高に「おっぱい!」とか叫ばれないだけ、はるかにマシだけれども。

「図書館に殺されるのは御免蒙りたい」
「……何ですか、それ。活字にでも殺されるんですか」
「活字は無害だろう。あそこの空気に殺されるんだ。活字は人を物理的に殺せないが、空気は含有物によっては人を死に至らしめることが可能だろう」

 至って真顔で返された。
 確かに図書館の空気はなんとういか率直にいうとカビ臭い。実際は酸化していく紙のにおいかインクのにおいか。どれにしても独特なにおいなのは間違いない。嗅ぎ慣れない人間には尚更だ。
 しかし、死ぬとは過剰表現ではないのか。

「じゃあ、電子図書館利用すればいいじゃないですか」
「ならば君の大事なパーソナルコンピュータ、シマフクロウくんを貸してくれ」
「丁重にお断りします」

 以前、一度だけ貸した時に壊されかけたことがある。未遂だったので何とか助かったが、物理的に壊されては直すことが出来ない。これに関しては絶対に嫌なのである。修理代が馬鹿にならない。新しく買うのにも最低でも五万円以上は費用としてかかる。万とつくものは苦学生にはキツイのだ。

「シマフクロウくんは有能だから、是非」
「この話は終わりにしましょう。次、シマフクロウに何かあれば、容赦しませんよ」
「図書館の話か、おっぱいの話か」
「出来れば両方ともなんですけど」
「それは駄目だ。ならば、図書館の話は終わりにしよう。で、おっぱいだ」
「ああ。そうだ。先に言うべきことがありました」
「何だい? 今日の夕飯はサラダうどんを予定しているよ」
「麺類! それを先に言ってください!」