小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
春咲シーナ
春咲シーナ
novelistID. 47967
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

九尾の狐の夏花火

INDEX|2ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「暑い…。」
 滝の様に溢れる汗をタオルで拭いながら翡翠は町内の公園に向かっていた。靴はいつも通り、ラバーソールだった。多少、動きにくいのはあるが、厚底ブーツよりはマシだろう。
「お、翡翠ちゃん、久しぶりだなぁ!」
 公園に入る前、近所の仲のいいおじさんに会った。
「こんにちは、今日も暑いですね。」
「そうだよなぁ、早く準備して一杯呑みたいなぁ!」
 このおじさんは、アルコールはたくさん呑むものの、悪酔いはせず、酔うと饒舌になる為、「憎めない可愛いおじさん」と翡翠は思っていた。
「もう他の人たちは来てるな。」
「そうですね。」
 公園の中央では、すでに舞台を作ろうと、町内の役員のおじさんたちが柱を組み立てているところだった。
 それに遅れまい、と翡翠は小走りで舞台に向かった。
「こんにちは。」
「お、翡翠ちゃんじゃん、こりゃ作業が楽になるな!」
 仲のいいおじさんは苦笑したものの、作業をしていたおじさん達からは嘲笑が沸いた。
翡翠がジムに通っているのは町内で有名だった。陰で「変な花嫁修業もあるもんだ。」と言われているらしいが、最近翡翠はやっとこめかみに青筋を立てながらも笑顔でやり過ごすことを習得した。
「ちょっとその柱持って来て。」
「はい。」
 太い柱を指さしながら、はちまきをしたおじさんが言った。
(女にこれ持たすとかいい度胸してんな、オッサン)
 少しムカついたものの、軽々と柱を持ち上げると、歓声が沸いた。
「さすが鍛えてると違うなぁ。」
「おじさんもどうですか?メタボなお腹が引っ込みますよ。」
「いやー、俺はもう年寄りだから無理だなー。」
 皮肉を言ってやったのに、それに気づかず、はちまきをしたおじさんはガハハと大声で笑った。
「じゃ、そこの柱も取って。」
「…はい。」
 これが続くのか、と思い、近所のおじさんから15キロのハンマーを借りて振りかざす欲望に耐えて、柱を持とうとすると、
「女の子にこれはきついっしょ、俺が持ってきますよ。」
「へ?」
 金髪で黒いTシャツを着た翡翠より少し年上(だと思う)男が翡翠から軽々と柱を持つと舞台に持って行った。
「あ…ありがとう、ございます。」
「いいよ、女の子なんだから。そこで涼んでなよ。」
「女の子なんだから」というところにちょっとムカッときたものの、大人しく日陰に行って溶けかけいて、ちょうどいい状態になったスポーツドリンクを飲んだ。
 日向にいたのは5分程度だったが、意外に喉が渇いていたようで、溶けてる分のスポーツドリンクは飲み干してしまった。
「にしても、あちいなぁ…。」
 団扇でも持ってこれば良かった…と思いながら、タオルで汗を拭く。
 おじさんたちは、タオルで豪快に顔を拭いているが、化粧をしている翡翠は汗を抑えるようにしか拭けないのだ。
「おーい、舞台出来たぞー!」
「はーい!」
 舞台は素人が集まった割にはなかなかの出来で、スピーカー、電球も付いている。これなら年配の方や子供が浴衣を着て、盆踊りも踊れるだろう。
 舞台が出来てしまうと、町民が集まってくる日没までやることはない。その為、必然的に公園が蚊と戦う宴会場になった。


「あー、もう!!」
 配られたウーロン茶を飲みながら、茣蓙に座った翡翠は蚊と戦っていた。
「こっち来るんじゃねえよ!」
 空中で蚊を叩き潰すと、手のひらに嫌な感覚と共に、蚊が吸っていた血が広がった。
「あー…。」
 唸りながら、ティッシュで血を拭う。
「あたしの血なんて美味くねえのに…。」
「大丈夫?」
 一人でぶちぶち言っていると、先ほど柱を持ってくれた金髪の男が隣に座った。
「あ、大丈夫です。」
「さっき、重い柱持ってたじゃん、凄いね。」
 ビールのプルタブを開けながら男は言った。
「ジム通ってるんで。」
「そうなんだ。」
 …しばらく無言が続く。
「名前、なんて言うの?」
「あたし…ですか?」
「うん。だって、どう呼んだらいいか判んないし。」
「翡翠って言います。」
「ヒスイ…ちゃんかぁ…綺麗な名前だねぇ。」
 男は含み笑いをすると、ビールを少し呑んだ。
「お兄さんは、お名前なんですか?」
「俺?」
「他に誰がいるんですか。」
 苦笑交じりに翡翠が言った。
 公園には、ビールを呑むおじさんか、わたあめにはしゃぐ浴衣を着た小さな子供しかいなかったからだ。
「俺は、孔雀。」
「クジャク…ですか?」
「これでも本名だよ?これでヴィジュアル系バンドもやってるし。」
「孔雀さん、バンドやってるんですか?」
 ヴィジュアル系大好きな翡翠は身を乗り出した。
「ていうか、敬語辞めようよ、どうせそんなに歳変わんないし。」
「どんなバンドなんだよ。」
「…いきなり変わったね。」
 思わず「可愛くていい子」の化けの皮が剥がれた。
「俺はヴォーカルやってる。シャウト、最近やっとうまく出せるようになったとこ。」
「へぇ、凄いな。」
「翡翠ちゃんはバンドとかやったことある?」
「あたしはバンドはやってないけど、ヴォーカルには憧れるなー…。」
「ヴォーカル大変だよ、メンバー引っ張ってかないといけないし。」
「大変だなぁ…。」
「今度もライブやるんだ。今、その準備で大変でさ。」
「じゃあ、こんなことしてる場合じゃねえじゃん。」
「ちょっと息抜きに来た。毎日パソコンの前じゃ疲れるからね」
「ふうん。」
 翡翠は、また一口ウーロン茶を口に含んだ。夕方なのに上がっていく気温と比例して、ぬるくなっていた。
「おーい、孔雀―。」
 遠くの方でビールや焼酎を水の様に呑んでいるおじさん方が孔雀を呼んだ。
「あ、俺、行かなきゃ。」
「うん。」
 男の割には話しやすい孔雀が呼ばれた為、少し複雑な翡翠は水と油が混ざるような気分で頷いた。
「また、あとでね。」
 孔雀は立ち上がると、ビール缶を持って、走って行った。
 話相手が居なくなった翡翠は、複雑な気持ちでウーロン茶を飲み干した。






 祭りは大盛況で終わった。お小遣いをもらった子供たちが、まるでギャンブルに金をつぎ込むように使っているのを見て苦笑してしまった。
 昔は自分もそうだったなー、と思いながら舞台の解体を手伝った。
 耳元にいる蚊に殺意を覚えながらも、酔っぱらったおじさん達の冷やかしを聞いて更に殺意が沸きながらも無事に役目を終えた。
「お疲れ様でーす。」
「はい、お疲れー、翡翠ちゃーん、今度一緒にデートしようよー。」
 …ビール瓶片手に鼻の下を伸ばしたおっさんに言われるだけなら、短気な翡翠でも耐えられる。拒否出来る。
 ただ…
「なんでくっついてんすか!」
 そのおっさんは、酒癖が悪いと評判で、酔えばセクハラは当たり前、口から出るのは下ネタばかり、そして翡翠の最も苦手とするタイプの酔っ払いだった。
「離してください!」
「えー、いいじゃん、別にー。それにしても翡翠ちゃん大きくなったねー、いろんなところが。」
 あろうことか、そのおっさんは翡翠が自分でもコンプレックスに思うほど大きい胸を触ろうとしてきたのだ。
「…てめえええええ!!!!!!!!!!!!!!」
 翡翠がおっさんの頭を殴ろうとすると、

「はい、そこまでー。」

 綺麗に澄んだ声が聞こえた。
 振り向くと、
作品名:九尾の狐の夏花火 作家名:春咲シーナ