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入道雲と白い月3

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「よう、雛」
「あっ、左近さん」
 神楽の舞台を確認し――まだ舞自体は始まっていなかった――そののち近くの屋台を見て回り、小さなりんご飴(性格には杏飴だが、雛はそう認識した)を買った。それを舐めながら歩いていると、見知った顔に出会うことができた。
 雛は小走りに駆け寄ると、勢いよく頭を下げる。
「こんばんわっ」
「はい、こんばんは。・・・・・・どうした? 妙に元気がいいじゃないか」
 頭を上げた雛は、照れ隠しに笑った。
「だって、お祭りだもん。なんだかわくわくしてる。左近さんも、いつもと違う感じだね」
 言いながら見上げた視線の先の左近は、袴姿でなく浴衣を身につけている。和装という点では見慣れた格好だが、いつもの白と赤ではなく、泡いながらも色々な色を身につけた姿は新鮮だ。
 左近は腕を上げて、自分の服装を見下ろす。そして小さく笑みを浮かべて見せた。
「おかしいか」
 雛は強く首を横に振る。
「ううん。珍しいけど、変じゃないよ。似合うかって言われると、見慣れてないからよくわかんないけど」
「・・・・・・そうか」
 左近は吹き出すように一つ息を吐くと、表情を苦笑いに変えた。
「雛は可愛いな。その浴衣、買ったのか?」
「ううん。おばあちゃんに借りた。誰かのお下がりじゃないかなあ」
 言って雛は、小さく首をかしげる。
「その服で踊るの?」
「え?」
 左近も首をかしげ返してきたが、すぐにああ、と頷く。
「神楽のことな。神楽はこの恰好じゃしないよ。これは外出用。さすがに舞装束ではうろつけないからな。目立ってしょうがない」
「そうだね。・・・・・・けど、舞うんだよね。でもお祭にも来たんだね・・・・・・」
 腑に落ちないような気分で、雛は呟く。左近は小さく笑うと、顔を覗き込んでくる。
「いけないか?」
「ううん! そうじゃないけど・・・・・・。よくわかんないんだけど、それでいいのかなあって」
「平気さ」
 本人もうまくまとめ切れていない疑問を、左近はうまく察してくれたようだ。すらすらと答えていく。
「祭りも神楽も、神様のためにすることだ。だったら、催す側も楽しんだ方がいいに決まってる。それに――」
 言葉を探すように間をおいてから、左近は続けた。
「私のやる神楽は、本来、この祭りの一部だった。今は別のものになってしまっているとはいえ、いっしょくたにしたところで、あの人は構わないと思うぞ」
「・・・・・・それって、狐さんのこと、だよね?」
「ああ」
「あのね、来てるみたいだよ」
 左近がきょとん、と見返してくる。ドキドキしながら雛は口を開いた。
「狐さんが、お祭りに。見た人がいたらしいの。わたしは見られなかったけど・・・・・・。あとね、狐さんがいるか確かめようと思って、山に少し入ったら、また昔の人っぽいのを見たの――たぶん、神様と御供のお姫様だと思う」
「――え?」
 大きく目を見開いて、左近は瞬いた。
「御供の姫様?」
「うん。おばあちゃんに昨日聞いた。狐の神様には、生きている時から一緒にいた姫様がいて、亡くなった後も同じ神社で祀られてるって。・・・・・・あれ? じゃあ、このお祭りは、姫様のためのお祭りでもあるのかな? そうなの? 左近さん」
「・・・・・・」
 なぜか、左近は顔を歪ませて黙っている。何かをこらえているような表情だが、悲しそうには見えない。雛は訳がわからず戸惑いながらも、ぼんやりと、姫様と狐さんは一緒にいないのかな、と考えていた。
 亡くなった後も寄り添えるようにと、村人は二人を近くに祀ったはずだ。それなのに今狐さんは一人のように見える。姫様はどこへ行ってしまったのだろうか。
「あのさ、左近さん・・・・・・」
「・・・・・・お、始まるようだな」
 訊こうとした途端、流れていた笛の音が変わった。左近は村が作った舞台に顔を向けた。雛もつられてそちらを見る。
 祭りに集った人たちも、神楽の舞台へ目を向けていた。左近が、雛を振り返る。
「行こう。神楽が始まる」
「・・・・・・左近さんも見るの? いいの?」
「いいも悪いも・・・・・・人が見て楽しむものだろうこれは。だったら私が見たって支障はないさ。・・・・・・なにより」
 左近の声がひそまった。
「私は、舞うのは初めてなんだ。他の人のものを見て、お手本にしてもいいだろう?」
 いたずらっぽく笑った姿に、雛は目を丸くする。が、すぐにおかしくなって、笑いながら大きく頷いた。
「うん。それならいいかもね。誰も叱ったりはしなさそうだ」
「だろう? ・・・・・・じゃ、行こうか」
 大きな手を差し出しながら、浴衣姿の巫女は言った。


 CDかテープかはわからないが、スピーカーから流れる音楽に合わせての舞は、雛にはゆっくり動いているだけに見えた。善し悪しもわからない、ただ、耳慣れなくとも景色になじむ音楽と、めったに見られないけれどどこか懐かしく思える服や道具を用いる舞は、目に新しかった。
 辺りを見回すと、足を止める人、見入る人、屋台やおしゃべりに夢中で見向きもしない人とさまざまだったが、誰もが舞台のそばを通ると、そちらに目を向けている。この地に住む人々は、少なからず興味を持ってくれているようだった。
 神楽の良さも内容も、よく理解できなかったが、そのことだけは嬉しかった。
 傍らの左近は、神楽のためのライトの灯りの中、じっと舞台に目を向けている。真剣な横顔は、手本として見ているためなのだろう。舞台の目新しさに慣れ、ゆっくりとした動きに退屈してきた雛だったが、左近の様子に声をかけるのを憚っていた。飴を舐めたりあたりの人の様子を見たりと気晴らしをしていたが、だんだんと関係のないことにも意識が向き始めた。
(のど乾いてきたなあ。終わったらカキ氷食べよう。宝釣りとか金魚すくいとかひよこも見に行きたいなー。買わないけど)
 そこでふと、狐さんのことを思い出す。ここに来ているようなのだが、ひよこのいる場所に姿を見せたら、大変なことになるだろうなと思ったのだ。
(来てるのかな。来てないのかな? 神様なら神楽に来るだろうけど、狐ならひよこや金魚の方がいいのかも)
 元人間で、姿が狐の神が、いったい何を好むのか。雛にはわからない。
 辺りを見回しても狐らしい姿は見えない。それとも、お祭りの力ですでに人の姿に戻っているのだろうか? だとすると、肩透かしを食らったような気分になる。
(せっかく左近さんががんばろうとしてるんだしさ・・・・・・)
 雛は舞台に目を戻した。
もし、と思う。
左近の舞でもうまくいかなかったら、御供の姫様に願ってみたらどうだろう。どんな神様なのかはわからないが、狐さんのためだったら力を貸してくれるような気がする。何せ狐さんの最期の時まで、そばにいた人なのだから。
(でも・・・・・・左近さんがうまくやれるのが一番だよね。お姫様、どうか左近さんの舞で、狐さんに力が戻りますように)
 心の中で手を合わせていると、スピーカーからの音が止まった。見上げると舞手が一礼し、舞台を去っていくところだった。
 見物していた人も、ばらばらと動き出していた。雛は左近に目を向ける。
「よかった?」
「・・・・・・ああ」
 左近は前を向いたままで答えた。
作品名:入道雲と白い月3 作家名:わさび