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GUEST HOUSEに誘われて・・・

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オレは新藤に思いの丈をぶつけてみた。彼もこの会社一筋25年、オレとは同い年ということもあってかけっこう目をかけてもらってるほうだった。100%ではなくても、オレの考えや思いは理解してくれると信じて疑わなかった。

「山中とはどうなんだ???」

待ってました!というのは不謹慎かもしれないが、オレがこの会社で働き続けるうえでの大きな障害が山中の存在。スタッフは平静を装っているが、連日のように繰り広げられるオレと山中の口論が店に与える影響は小さくない。
間の悪いことにここ数日の売上が伸びていない。このままいけば前年割れとなり新藤はもちろん、新藤の上司からも叱責される可能性は高い。
山中が新藤に叱責されるということは、間違いなくオレが山中に叱責される。
上下関係からすれば当然のことかもしれないが問題は山中の言動にあった。細かいミスを見つければ「井原さん、何やってんですかっ!ヤル気あるんですか!!!」
売り場が乱れていようものなら「井原さん、何ですかこれは!こんなんで売上がよくなるワケないでしょっ!!!」そして・・・「井原さんは売上を下げさせることについては天才的ですよね!!!」
これが事務所やバックルームでのやりとりならともかく、買い物客でごった返している店内でのことなので当然イメージダウンになる。
がしかし・・・「悪いのは店長からそう言われる社員」というのがこの会社の風潮。それに逆らえば逆らうほどオレの立場が悪くなることは小学3年生でもわかることなのだ。

「オマエ、勘違いしてるぞ!!!」

ひと通り山中への不満を口にした後、新藤は強い口調で言い放った。
「山中はオマエに店長になってほしくて厳しいことを言ってるんだぞ!オマエが何かミスしたときも『自分の責任です。自分がちゃんと指導しなかったから・・・』って言ってるんだ!これじゃあ、山中がかわいそうだ!!!」
確かに一理ある。新藤の言うことは間違ってはいない。だが、ハッキリ言って『怒鳴れば怒鳴りっぱなし』で指導と言えるのか???そんなことで『井原さんにガンバってほしかったんですよ』と言えるのか???
指導ってなんだ?自分の思った通りに動かなければ怒鳴り散らしてイヤミを言うだけ、それが指導か???人を正しい方向に導くことこそが指導じゃないのか???
新藤の言葉に納得するはずもなく何か言ってやりたい気分だったが、何も言えなかった。サラリーマン気質にどっぷり浸かった自分がイヤになっていた。

「こないだ、新店がオープンしたよな・・・」

新藤は話題を変えた。
同じ市内に少し小規模の店舗がオープンしてそれなりの売上を残していたが、そこの店長はオレより年下の女子社員。ただ、彼女は以前店長をしていた店が閉店していて次に店長をする店が決まるまで一般社員としてある店のヘルプをしていた。
こうしたいわゆる『店長預かり』の立場の社員は意外に多く、新規出店や人事異動があれば過去の実績にかかわらず優先的に店長職に就けるようになっていた。
だから、彼女が新店で店長になっても別に何も感じなかったし、それが当然の流れだとも思っていた。売上が伸びないのは多少なりとも気になっていたが・・・。
「あの時『オレにやらせてくれ!』って思わなかったのか???オマエにとってはチャンスじゃなかったのか???」
いや、確かにそうだが『ハイッ、ボクやりたいです!!!』と言ってやらせてもらえるほど店長職はカンタンなものじゃない。学級委員じゃないんだし・・・
まぁ、会社に気に入られていればそれもあり得るかもしれないが、オレには無縁すぎるほど無縁だった。
「オマエ、そんなんでいいのか!!!普通だったらなぁ、あんなパート上がりの女子社員にやらせるくらいなら、どうしてオレじゃないんだ!とか思うもんだぞ!!!『どうしてボクじゃないんですか!!!』とか言ってもおかしくないんだぞ!!!
だからオレは聞いたんだ!『会社に不満はないか?』ってなぁ!自分じゃなくパート上がりの女に店長をやらせることを不満に思わないのか!!!」
その言葉でオレの腹は決まった。この会社を去ろう、と・・・
人事的に不満がなかったといえばウソになるかもしれない。しかし『何があっても井原は店長にしない』という雰囲気を感じていたのも事実。
それなら肩書はなくても店を支えていく存在になろう、店長にも他のスタッフにも『井原さんがいなきゃ困るんだよ』とか『井原さんと仕事ができてよかった』とか思わせる存在になろうと決めていた。
肩書はなくても存在感は誰にも負けない社員でいよう、と決めていた。オレにとってはヘタな肩書以上に手に入れたいものだったし、実際に井原さん、井原さんと慕ってくるスタッフは大勢いたワケだし・・・。
それが許されない、最低でも『店長』という肩書を得られなければ会社にいてもらうワケにはいかないというのならオレの選択肢はひとつしかない。
オレは退職する旨を新藤に伝えた。「そうですか、わかりました・・・」新藤はなぜか丁寧語だった。
2012年5月、ゴールデンウィークが過ぎ去った広島県福山市は暑い暑い夏の訪れを感じさせる日が続いていた。

オレが辞める、と新藤から聞いたのだろう。数日後から山中の態度が変わった。
オレに対しては何があっても笑顔、スタッフに対しても冷たく当たることはなくなった。何かしらミスがあっても『しょうがないなぁ、気をつけろよ!!!』と苦笑いを浮かべながら対応する。
お客さんの前で罵詈雑言を浴びせ、オレひとりに店内の掃除をさせてアルバイトの女の子といっしょに帰っていたあの山中と同一人物とは思えなかった。
そんな山中に佐原の影がチラついた。『井原を追い出す、辞めさせる』というミッションを完遂したことに胸をなでおろしているのだろうか・・・
少なくとも山中の一挙手一投足には『大仕事をやってのけた男』の雰囲気が漂っていた。

退職の日は2012年8月31日と決まった。
会社の規定で月次公休日は9日、年次有給休暇は40日と決められている。会社との話し合いで7月4日まで業務に就き7月5日〜8月31日までの58日間で2ヵ月分の公休と年間の有給を消化する、夏のボーナスは支給対象なので受け取れるということになった。
そうと決まれば話は早い。オレは7月5日以降の予定を少しずつ立てはじめた。何しろ、土日祝が休めないうえに3日以上の連休すら取れない状況だったため『遊びに行く』といっても近場で日帰りがほとんど。
たまに遠出をしても連休が取れない(取らせてもらえない)ので最終か翌日の始発の新幹線とか朝早い飛行機を使う、あるいはムリヤリにでもクルマを使って深夜に帰るという強行軍を強いられていた。
そういえば年末年始・・・オレが12月27日〜1月6日の11日間休みなしだったのに対して山中は12月27、28、29日はしっかり休んだなぁ〜。1月4日、5日も休んだなぁ〜。店長だったらそういうコトもできるんだなぁ〜、と思った。
社宅として借りていたアパートは8月20日に退去すると伝えていたので、原則として平日に少しずつ荷物をまとめて土日祝はココロもカラダも休めようと決めた。