GUEST HOUSEに誘われて・・・
1)リストラのようでリストラでない・・・
47歳になる直前、会社を辞めた。何がしたいとか、何がやりたいとか、そんなものは何ひとつない。
じゃあ、なぜ・・・理由はカンタン『不一致』だった。
17年前、若くして転職を繰り返したオレがたどりついた職場は全国チェーンのシューズショップだった。
年齢的にもう転職が許される状況ではない。定年までこの会社で働き、決して高額ではないであろう報酬を得て
うまくいけば人生の伴侶を見つけ、ささやかながら幸せな家庭を築き、子供の成長に目を細め年老いた両親の面倒を見ながら人生のラストステージを迎えるハズだった。
出世には興味がなかった、いや『捨てた』といったほうが正しいかもしれない。
可能性はゼロではなかったが、肩書や多少は高価な報酬よりも『オレがオレである時間』が欲しかった。
何よりも『店員』『販売員』としての自分は嫌いじゃない。老若男女、いろいろな人たちと触れ合いながらカラダを動かして楽しく働く。
閉店時間を過ぎれば『店員』『販売員』から『ひとりのオッサン』に戻りプライベートタイムを満喫する。
それの何が悪い!それでいいじゃないか!
少なくともオレの人生に『仕事人間になる』という選択肢はなかった。ところが、そんなオッサンの生き方を肯定してくれるほど『企業』『会社』という組織は甘くない。
組織はオレに肩書を持てるように努力することを迫った。いや、それだけではない。組織はオレに去るようにも迫った。
恥を忍んで書こう。
入社して10年経った頃、オレはあるお客様とトラブルを起こした。怒り心頭のお客が本部に抗議の電話を入れ、オレの対応が問題視された。
組織の選択は決まった。「あの男を追い出す」と・・・。
ただでさえ40代にさしかかっていた。整理対象になっているとは知らされずに店長を任された店で売上を大幅アップさせた実績は『なかったこと』にされた。
「これからも責任ある立場でやってもらうよ」という約束も『なかったこと』にされた。そしてお客様とのトラブルという不祥事は『問題視』された。
上司の対応が明らかに冷たくなった。転勤の回数が増えていった。そしてとどめを刺すように、新規オープンの店で一回り以上年齢の違う店長の下で一般社員として働くことを強要された。
結論から言おう。とどめは刺せなかった。
すべてはお客様とのトラブル以降、オレを会社から追い出そうとしていたエリアマネージャー佐原正之の差しがねだった。
佐原はこの会社一筋18年。目立った実績はないもののその世渡りの巧みさで主要な店舗を任され商品部でバイヤーとなり、数年前からエリアマネージャーとして近隣の店舗を管理する立場にあった。
オレが配属された新規オープンの店舗も彼の管轄だった。些細なことで怒鳴りつけられ、彼の眼を見て説教を聞いていても「なんだ、その眼は!その態度はなんだ!」という男である。
「すべてリセットしてイチからガンバリます!!!」というオープン初日のオレの決意表明を「『ココが最後のつもりで』って言ったよなぁ、オイッ!!!」と歪んだ解釈をする男である。
彼がオレを追い落とそう、会社から追い出そうと考えていたことは容易に想像できた。
とどめを刺せなかった理由、それはスタッフの存在だった。
一回り以上年齢の違う若い店長はオレを慕い、オレを頼ってきた。パートのオバさんやアルバイトのおネエちゃんまでもオレを慕ってきた。
良好な人間関係は結果に結びついた。オープン直後から店内は買い物客でごった返し、連日高い売上高と会社を潤すに十分な利益を生み出した。
オレの功績が認められないのはお約束だったが、それでもオレに対する信頼とオレの存在感は揺るがなかった。
紆余曲折を経て店の運営が軌道に乗ったころ、佐原は次の手を打ってきた。
人事異動で、佐原の息のかかった山中秀雄という男が店長としてやってきたのだ。その当時、佐原は他のエリアでマネージャーをしていたし、当然ながら彼には人事権はない。
しかし、佐原があることないことを吹き込んだのではないかあるいは2人が密接に連絡を取り合っていたのではないか、などと思わせる言動を山中が見せたことで
店長である彼と店のナンバー2であるオレの関係はギクシャクしていった。
折りしも『不況』と呼ばれてた時期である。
会社は戦力の中心を正社員から契約社員、パートタイマーへ移行することで人件費削減を図っていた時期でもある。オレのように『店長になれない』『出世に興味のない』正社員はいらない、という風潮が生まれつつあった時期でもある。
山中のオレに対する接し方は徐々に乱暴になっていき、佐原の後任としてエリアマネージャーになった新藤哲男は
頻繁に店に顔をだし、オレと面談するようになった。
ウワサで聞いたことがあった。
この会社では『いらない』と判断された社員に対しパワーハラスメントまがいの行為を仕掛け、退職に追い込んでいると・・・
リストラとなると、必要以上の退職金の支払いが必要になる可能性がある上に会社のイメージダウンになるからいかなる手を使ってでも『辞めます』と言わせて自己都合による退職に持っていくとも・・・
そして会社の上層部は「ウチでは”会社都合の退職”はあり得ないですよ」と吹聴しているとも・・・
そうこうしているうちに『Xデー』が迫ってきた。
オレが『辞めます』と言わされる日が・・・
2)わずかなカネと大いなる自由と・・・
「なぁ、井原・・・お前、会社に不満はないか???」
おかしなことを聞いてくるなぁ、新藤さんは・・・と思った。
井原というのはオレの名前。フルネームは井原洋史、『ひろし』ではなく『ひろふみ』と読む。
不満なんてあるハズはなかった。山中や佐原との確執はあるにせよ、パートのオバちゃんともアルバイトのおネェちゃんとも良好な関係を築いている。
月末月初やセール前後はサービス残業を強いられることもあるが、それはオレがトロくさいだけの話。休日出勤はただの一度もないし、土日祝休めないのは販売員の宿命。
出世はとうに諦めた。販売員としてお客様の前と接し、スタッフとの良好な関係を続けていければいい。まぁ、山中とはどうにもならないかもしれないが・・・。
残業代は減らされているものの、給与も賞与も普通に手にしている。ただし高額ではないが・・・。そんな状況だけにオレの答えは「いいえ」一択。一瞬、新藤の表情が変わったように感じた。
「これから、この会社で何をやっていきたいんだ?定年まで10年チョットしかないだろう・・・」
そう聞かれても具体的な返事は出てこない。何よりも肩書よりも自分自身の充実を選んだのだから・・・。
確かに会社としては困るだろう。オレほどのキャリアならばたとえ中途採用だったとしてもそれなりのポジションに就いてなければならない。
佐原や新藤、とまではいかなくてもせめて山中とは肩を並べていないと・・・というのが会社の、そして新藤の見解なのは想像がつく。
とはいえ、これも生き方考え方である。このまま定年まで勤め上げることは悪いことでもなければ間違っていることでもない。雇われの身だからと言って、一から十まで会社の考え方に沿う必要があるのだろうか・・・。
47歳になる直前、会社を辞めた。何がしたいとか、何がやりたいとか、そんなものは何ひとつない。
じゃあ、なぜ・・・理由はカンタン『不一致』だった。
17年前、若くして転職を繰り返したオレがたどりついた職場は全国チェーンのシューズショップだった。
年齢的にもう転職が許される状況ではない。定年までこの会社で働き、決して高額ではないであろう報酬を得て
うまくいけば人生の伴侶を見つけ、ささやかながら幸せな家庭を築き、子供の成長に目を細め年老いた両親の面倒を見ながら人生のラストステージを迎えるハズだった。
出世には興味がなかった、いや『捨てた』といったほうが正しいかもしれない。
可能性はゼロではなかったが、肩書や多少は高価な報酬よりも『オレがオレである時間』が欲しかった。
何よりも『店員』『販売員』としての自分は嫌いじゃない。老若男女、いろいろな人たちと触れ合いながらカラダを動かして楽しく働く。
閉店時間を過ぎれば『店員』『販売員』から『ひとりのオッサン』に戻りプライベートタイムを満喫する。
それの何が悪い!それでいいじゃないか!
少なくともオレの人生に『仕事人間になる』という選択肢はなかった。ところが、そんなオッサンの生き方を肯定してくれるほど『企業』『会社』という組織は甘くない。
組織はオレに肩書を持てるように努力することを迫った。いや、それだけではない。組織はオレに去るようにも迫った。
恥を忍んで書こう。
入社して10年経った頃、オレはあるお客様とトラブルを起こした。怒り心頭のお客が本部に抗議の電話を入れ、オレの対応が問題視された。
組織の選択は決まった。「あの男を追い出す」と・・・。
ただでさえ40代にさしかかっていた。整理対象になっているとは知らされずに店長を任された店で売上を大幅アップさせた実績は『なかったこと』にされた。
「これからも責任ある立場でやってもらうよ」という約束も『なかったこと』にされた。そしてお客様とのトラブルという不祥事は『問題視』された。
上司の対応が明らかに冷たくなった。転勤の回数が増えていった。そしてとどめを刺すように、新規オープンの店で一回り以上年齢の違う店長の下で一般社員として働くことを強要された。
結論から言おう。とどめは刺せなかった。
すべてはお客様とのトラブル以降、オレを会社から追い出そうとしていたエリアマネージャー佐原正之の差しがねだった。
佐原はこの会社一筋18年。目立った実績はないもののその世渡りの巧みさで主要な店舗を任され商品部でバイヤーとなり、数年前からエリアマネージャーとして近隣の店舗を管理する立場にあった。
オレが配属された新規オープンの店舗も彼の管轄だった。些細なことで怒鳴りつけられ、彼の眼を見て説教を聞いていても「なんだ、その眼は!その態度はなんだ!」という男である。
「すべてリセットしてイチからガンバリます!!!」というオープン初日のオレの決意表明を「『ココが最後のつもりで』って言ったよなぁ、オイッ!!!」と歪んだ解釈をする男である。
彼がオレを追い落とそう、会社から追い出そうと考えていたことは容易に想像できた。
とどめを刺せなかった理由、それはスタッフの存在だった。
一回り以上年齢の違う若い店長はオレを慕い、オレを頼ってきた。パートのオバさんやアルバイトのおネエちゃんまでもオレを慕ってきた。
良好な人間関係は結果に結びついた。オープン直後から店内は買い物客でごった返し、連日高い売上高と会社を潤すに十分な利益を生み出した。
オレの功績が認められないのはお約束だったが、それでもオレに対する信頼とオレの存在感は揺るがなかった。
紆余曲折を経て店の運営が軌道に乗ったころ、佐原は次の手を打ってきた。
人事異動で、佐原の息のかかった山中秀雄という男が店長としてやってきたのだ。その当時、佐原は他のエリアでマネージャーをしていたし、当然ながら彼には人事権はない。
しかし、佐原があることないことを吹き込んだのではないかあるいは2人が密接に連絡を取り合っていたのではないか、などと思わせる言動を山中が見せたことで
店長である彼と店のナンバー2であるオレの関係はギクシャクしていった。
折りしも『不況』と呼ばれてた時期である。
会社は戦力の中心を正社員から契約社員、パートタイマーへ移行することで人件費削減を図っていた時期でもある。オレのように『店長になれない』『出世に興味のない』正社員はいらない、という風潮が生まれつつあった時期でもある。
山中のオレに対する接し方は徐々に乱暴になっていき、佐原の後任としてエリアマネージャーになった新藤哲男は
頻繁に店に顔をだし、オレと面談するようになった。
ウワサで聞いたことがあった。
この会社では『いらない』と判断された社員に対しパワーハラスメントまがいの行為を仕掛け、退職に追い込んでいると・・・
リストラとなると、必要以上の退職金の支払いが必要になる可能性がある上に会社のイメージダウンになるからいかなる手を使ってでも『辞めます』と言わせて自己都合による退職に持っていくとも・・・
そして会社の上層部は「ウチでは”会社都合の退職”はあり得ないですよ」と吹聴しているとも・・・
そうこうしているうちに『Xデー』が迫ってきた。
オレが『辞めます』と言わされる日が・・・
2)わずかなカネと大いなる自由と・・・
「なぁ、井原・・・お前、会社に不満はないか???」
おかしなことを聞いてくるなぁ、新藤さんは・・・と思った。
井原というのはオレの名前。フルネームは井原洋史、『ひろし』ではなく『ひろふみ』と読む。
不満なんてあるハズはなかった。山中や佐原との確執はあるにせよ、パートのオバちゃんともアルバイトのおネェちゃんとも良好な関係を築いている。
月末月初やセール前後はサービス残業を強いられることもあるが、それはオレがトロくさいだけの話。休日出勤はただの一度もないし、土日祝休めないのは販売員の宿命。
出世はとうに諦めた。販売員としてお客様の前と接し、スタッフとの良好な関係を続けていければいい。まぁ、山中とはどうにもならないかもしれないが・・・。
残業代は減らされているものの、給与も賞与も普通に手にしている。ただし高額ではないが・・・。そんな状況だけにオレの答えは「いいえ」一択。一瞬、新藤の表情が変わったように感じた。
「これから、この会社で何をやっていきたいんだ?定年まで10年チョットしかないだろう・・・」
そう聞かれても具体的な返事は出てこない。何よりも肩書よりも自分自身の充実を選んだのだから・・・。
確かに会社としては困るだろう。オレほどのキャリアならばたとえ中途採用だったとしてもそれなりのポジションに就いてなければならない。
佐原や新藤、とまではいかなくてもせめて山中とは肩を並べていないと・・・というのが会社の、そして新藤の見解なのは想像がつく。
とはいえ、これも生き方考え方である。このまま定年まで勤め上げることは悪いことでもなければ間違っていることでもない。雇われの身だからと言って、一から十まで会社の考え方に沿う必要があるのだろうか・・・。
作品名:GUEST HOUSEに誘われて・・・ 作家名:伊藤浩之