KYRIE Ⅲ ~儚く美しい聖なる時代~
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公爵夫人は足に捻挫を負ってはいたが他は無傷で救出された。夫人を庇って墜落した男は全身打撲で搬送され、そして公爵邸で起こった殺人事件の容疑者として警察病院に移送された。
夫人の救出を指揮したドラジェンは警察で事情聴取を受けたが、その直前にちょっとした出来事があった。病院で検査を受けている筈の公爵夫人に呼び出されたのだ。そして感謝されるどころか上司や警察に報告する筈の事件の顛末を出来うる限り、いやそれ以上の情報を搾れるだけ搾り取られる羽目になった。
彼は美しく厳格な女教師に叱責されるような、そして得体の知れない怪物に対峙しているような感覚を同時に味わっていた。夫人は先刻まで死の境目を彷徨っていた人間とは到底思えない程平静だった。しかしその稀有な美貌は静かな怒りを潜ませつつ終始無表情であり声は冷酷に響き言葉は容赦なかった。
彼はかつて経験したどんな戦闘でも味わったことのない種類の恐怖で背筋に冷たい汗が流れるのを自覚し、彼女が雪の女王と呼ばれる所以を密かに納得した。そして何故あの男はこんな恐ろしい女に執着出来るのだろうと考えた。
作品名:KYRIE Ⅲ ~儚く美しい聖なる時代~ 作家名:リンドウノミチヤ