KYRIE Ⅲ ~儚く美しい聖なる時代~
第3章 降臨~Sadalmelik3~
サダルメリクは己の血溜まりの中に倒れていた。
至近距離から撃たれた弾は彼の太腿を破壊し動脈に致命傷を与えていた。
統也はだらりと猟銃をおろした。 身体中の血液が沸騰するかのような狂気じみた感覚は既に過ぎ去った。統也は無感覚のまま狩猟小屋の床の上で絶命しつつある男を眺めていた。
「あの人は、俺達のことに気付いていたよ」
統也はポツリと言った。そして瀕死の男の上に身をかがめその左の義眼を取り出した。
「よく分かったな」
サダルメリクは憤怒とも諦めともつかない声をもらした。
「ああ、星の目ってやつがまさか貴方の義眼を指していたなんてな」
統也は呟きつつ掌の義眼を探った。サダルメリクは途切れつつある意識の中、遠い過去の未練の火の残骸でもあるかにようにそれを眺めた。僅かな好奇心でもって彼は聞いた。
「ルイは、お前に俺の名前は喋らなかったのか」
「ああ、あの人はあの時俺に全てを話して死んだけど、貴方の名前だけは何故か言わなかった。満足なのか?」
サダルメリクはそれには答えなかった。微かな音と共に義眼の一部が解体され、そこに公爵が統也に最後に託した物が予想通り入っている事を確認する。
サダルメリクは呻いた。
「お前、それがあの女の進退を左右する物だと知ってるんだな」
「だから奪いに来た」統也は何かを決意した者の顔でサダルメリクを振り返る。
「公爵夫人は、彼女は何処だ?」
「自分で突き止めろ」
挑発的な言葉に統也は狩猟小屋を見渡した。暖炉の上の開いたばかりの端末の画面には地図が映っている。 それが公爵邸を中心に狩猟小屋を含めた半径数百kmの地形だと気付き統也は考え込んだ。
ふと、何者かが彼に囁いた。
ポケットからサファイヤの指輪を取り出し凝視する。あの日ルイ.セドゥがその最期の瞬間まで見ていた物だ。公爵家の紋章を刻んだ、鮮やかな透ける青のサファイヤの指輪、持ち主だった男の血の跡のこびり付いた水瓶座。
統也は大きく息を吐き出した。端末から星座の画像を呼び出し、そのまま拡大して地形と重ねた。端末の画面を指でなぞる。
「これは…公爵の領地ってやつか?なんてこった。この地形…狩猟小屋一帯も別邸も水瓶座の星の位置と重なってる。公爵家の所有地を星座の星の配置になぞらえてるんだ。そうだろう、サダルメリク?」
サダルメリクの返答はなかったが統也は構わず続けた。
「サダルメリク、水瓶座アルファ星 。アラビア語で王の幸運…この位置だ」
統也の指先がある一点を示す。
「ここだ、公爵夫人がいる場所は。そうだろう、サダルメリク。貴方は自分の名と同じ星を全ての決着の場にしたんだ」
「お前も存外ロマンティストだな」
サダルメリクは青ざめた唇を曲げた。
「ただの粗暴な男かと思っていたが頭も切れるとはな。しかし無駄な事だ。お前にあの女は助けられない。なあ、お前は、これが要人を巻き込んだ誘拐かテロ事件だとでも思ってるのか?公爵夫人の身柄と引き換えに代償が要求されると?」
サダルメリクは微かに笑った。それは統也が見た事もない、歪んだ怪物の笑いだった。
「俺が雇ったのは組織も持て余したならず者達だ。あいつらに思想信条は関係ない。だから金さえ折り合いがつけば何だってやるんだ」
己の血溜に斃れたまま、最早絶命寸前の男は笑い続ける。公爵夫人の稀に見る美しい姿は無残な形で終焉を迎えるだろう。彼等は夫人を犯し四肢を潰した体を打ち捨てるだろう。
「いや、潰した後犯すだったかな、兎に角、俺は奴らにそう言ってやったんだ。あんたの女神は、あの万人が羨む物を全て持っている女は、そういう死に方をするんだよ」
統也は、未だかつてない恐怖で己の臓腑が縮み上がるのを感じた。
作品名:KYRIE Ⅲ ~儚く美しい聖なる時代~ 作家名:リンドウノミチヤ