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夢と少女と旅日記 第3話-4

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 ……眠れない。人の死を目の当たりにしたせいで、夢魔に妙なことを言われたせいで、あの日のことを久しぶりに思い出してしまいました。日記でも、何度も何度も書いたことですけど、気持ちを整理するためにまた書いてみようと思います。
 当時、私は家にいるのが嫌でした。家ではいつも、お母さんとお父さんが喧嘩ばかりしていましたから。……いえ、喧嘩というのは正しくないかもしれません。お父さんはお母さんが何か言うたびに、暴力を振るっていました。
 私も最初は必死に止めようと、お父さんの足にしがみついたりしていました。それで暴力をやめてくれることもありましたが、段々とその効果もなくなっていきました。
 ついには、言葉も想いも届かなくなってしまって、私も諦めてしまいました。だから、学校から帰るとき、わざと寄り道をして少しでも家にいる時間を減らそうとしていました。いつかは時間が解決してくれるはずだからと自分に言い訳して、お父さんから逃げ回っていたんです。
 でも、あの日は違いました。虫の知らせというやつでしょう。なんだかとても嫌な予感がして、学校が終わると直行で家に帰りました。――だから、見てしまったんです。お父さんの血がついた包丁を持ったお母さんの姿を――。
 事件現場は、お父さんの書斎でした。小さな声で「ただいま」と言いながら玄関を開けた私は、いつも居間にいるはずのお母さんがいないことにすぐに気付きました。
 だけど、玄関にはちゃんとお母さんの靴もお父さんの靴もあったから、家のどこかにはいるはずだと思って探してみたんです。たとえ喧嘩中だったとしても、ふたりが無事なら、私の嫌な予感は杞憂だったと胸を撫で下ろすことができたでしょう。
 しかし、そうはならなかったのです。お父さんの書斎に近づいたとき、中から物音が聞こえてきて、扉を開けて見てみたら、そこには血の海ができていました……。
 中にいたお母さんは、すぐに私に気付き包丁を持って立ったまま、こちらに驚きの表情を向けました。おそらくお母さんは、私がこんなに早く帰宅するなんて思ってなかったんでしょう。具体的にどうするつもりだったのかは分かりませんが、お母さんは私が帰ってくるまでに全てを終わらせておくつもりだったに違いありません。
 そして、驚いたのは、もちろん私も同じでした。お母さんの足元には、血の海に沈むお父さんの姿がありました。血濡れの包丁をお母さんが持っていることを考えれば、誰が犯人なのかは一目瞭然でした。
 お母さんはすぐに包丁を床に置いて、思わず悲鳴をあげそうになった私に近づいてきて、私の両肩をそっと抱きました。驚きの表情は既になく、代わりに涙を浮かべた目がそこにはありました。
「ごめんね、ネル……。どうしても、こうするしかなかったの……」
「お母さん……、どうして……? どうして、こんなことになっちゃったの……?」
「本当に、ごめんなさい……。ネル、あなたは――」
 言葉はそこで途切れました。何故なら、お母さんの心臓が包丁によって貫かれたから。刺したのはお父さん、……一見死んだかのように見えてましたが、即死ではなかったようです。私はお母さんの言葉に耳を傾けるのに必死で、お父さんが包丁を持って立ち上がり、お母さんの背中に立つのに気付かなかったんです。
 そして、そのお父さんもすぐに倒れました。本当に、最期の力を振り絞ったという感じでした。お母さんの方は、その後の調べによると即死でした。
 私は、お母さんとお父さんを同時に失ったという事実を受け入れた瞬間、気を失ってしまったようで、物音に気付いた隣人の方が心配して来てくれたとき、一瞬私も死体となって倒れているかのように思われたようです。ひょっとしたら、本当に私もあの時死んでいればよかったのかもしれないと思うこともありました。
 その後の経緯はよく覚えていませんが、話を聞きつけた孤児院の先生が私を引き取ると言ってくれて、(――拾ってくれたことには感謝していますが、)数年間つまらない生活を強いられることになりました。
 それにしても、お母さんは一体最期に何を言いたかったんでしょうか。それが気になって、今でもあの光景が忘れられません。いつか答えを見つけられる日は来るんでしょうか……。