ショコラ
ショコラ
檀 上 香 代 子
ここは、避暑地。 夏になれば、都会の人々が休息と癒しを求めて集
まってくる。でも、いまは五月新緑の季節。 村全体がひっそりとして、
風邪のささやき、わずかな生き物たちの、そっと、優しい息づきが聞こ
えてくる。雨がしとしと音楽を奏でている。 湖水も小雨とともに音楽
を奏でる。そんな季節の中で、ショコラは生まれた。 目が開くまでは、
暖かい母の体温に守られ、時にはチョコレート色の毛並みを、優しく毛
づくろいされた。それが‐‐‐‐‐‐。
ある日、目覚めると見慣れない小箱に、二匹兄弟と共に入れられ車に乗
せられて、この湖の傍に置き去られた。 名も与えられず、生きるすべ
も教えられず三匹はこの草叢にに捨てられた。 産まれた日と同じく雨
の音楽の中に。 そのうち音楽は止んだ。それと同時に、母の体温への
想い、温もりへの想いが三匹の子猫の悲しい声となり、ニャアニャとか
すかな声となって母を呼ぶ。 サクサクと草を踏みしめる音が近づいて
きた。 そうして子猫の前の草が横倒しになり、見慣れない大きな足が‐
‐‐‐‐。「おい、子猫が居る、それも三匹。」「エッ!」ザクザクと
慌しく近づく音。 「やあ、本当だ。まだこんなに小さいのに。」
「う~ん、可哀想だが家にはバクが居るからなあ。」と背の高い面長の
男が言った。「家は、彼女が猫嫌いだしな。」と背の低い男が言った。
子猫たちは、願いを込めた目で二人を見つめた。 二人は目配せして
「可哀想だが」と言って子猫たちに背を向けて歩きだした。
チョコレート色の毛の子猫は、何かに背を押されるように、二人の後を
追った。 一定の距離を置いて。どのくらい歩いたのだろう。前の男は、
分かれ道で後ろを振り向いて、「おいおいついてきてるぞ。」と背の低
い男。「俺の家まで、まだ三キロあるから諦めるさ」と背の高い男。
「じゃ、俺すぐ其処だから、走るよ、じゃ、また」背の低い男は左の道に
走り去った。 長身の男は、右の道へ歩調を速めて歩き始めた。子猫は
はじめから、付いて行くのは長身の男と決めていた。 それは草むらで
一瞬であったが、目が合ったとき、何か糸につながれたように感じたから。
長身の男は、足を速めたらしい。 彼と子猫の距離は徐々に開いてくる。
子猫は必死である。 足が重い、足の裏が熱い、座り込んでしまいたい。
小さくなる男の姿に、小さく(ニャー)と声を出してみる。~走れ走れ~
誰かの声が背中を押す。子猫は追い立てられるように、重い足で走り出す。
どの位走ったであろうか。男の姿が徐々に大きくなった。 一m、二mと
距離が縮まる。 男との距離が三mあたりで、子猫は走るのをやめて、
ヨタヨタながら歩き始めた。 男は振り返った。すぐ、また前に歩き始めた。
子猫も歩く。 そのうち子猫は気づいた。 歩調は疲れのため、スピードは
落ちているはずなのに、男の姿が大きくなる。 そうなのだ。 前の男が
歩調をゆるめたのだ。 きっと、受け入れてもらえる。 子猫は期待に胸を
膨らませ、疲れも忘れて、黙々と男の後を追いかけた。男は時々振り返る。
子猫は男の傍まで行っていいのか、判断がつかない。 だから一定の距離を
おいて、男の後ろについていく。 男は、ある門の前で足を止めて、子猫の
方へ振り返り、門を開けそのまま十mぐらい先の玄関に入っていった。
子猫は、ゆっくり用心深く門に入った。そして玄関に近づいた。 そのとき
玄関のドアが開いて、白褐色の毛の大きな顔が、細長い犬の顔が。
子猫はその顔の前で身を縮めた。 (バク‐!)とたしなめる女の声が聞こ
えたが、バク‐は開いたドアから動かない。子猫も身を縮め座り込んだまま、
バク‐を見つめたまま動かない。(もうバク‐ったら)女の声が近づき、
バク‐の顔の前に座り込んでいる、小さな小さな子猫に気がついた。
(アラン、子猫が~)と奥に話しかけた。(湖の公園から、ずっと後を追い
かけてきて)とアラン。(エッ! あんな遠いところから。こんなに小さい
体で、長い距離を。)(うん、はじめは急げばついて来れないだろう、諦め
るだろうと思ったんだが、必死で転びそうになりながら、走ってついて来る
のを見たら、気の毒になってさ。もし、頑張って家までついてきたら、
何かの縁だろうからと思って帰ってきたら、諦めもしないで来ている。
がんばり賞でミルクでもと思ってさ。)アランの手にはミルクの入った椀が。
その椀は、女の手から子猫の前に置かれ、バク‐はアランに甘えるように
体を押し付け、アランについて奥に入っていった。 子猫はミルクを飲むの
をためらっていた。 奥からアランが(マリン、子猫は警戒してるだろうから、
そこから離れたほうがいい。)と声をかけた。 それでもマリンは、子猫に
手を出した。 子猫は一瞬身を硬くして縮こまった。マリンは小さな布を敷いて、
子猫をドアの中に入れ、ミルクを置いて部屋のほうに、ゆっくり歩いていった。
子猫は、マリンの姿が見えなくなって、しばらく周りを見ていた。 子猫ははじ
めてミルクに舌を浸した。急に空腹感が襲ってきて、子猫はミルクを一気に飲み
干した。 ミルクを飲み干すと、疲れがどっときて、そこでそのままウトウト
と眠った。 (寒い)目を覚ますと頭の上の電気の明かりが強くなっていた。
子猫は周りを見回した。階段の下の布の上にバク‐が眠っている姿が目に付いた。
子猫は恐る恐る眠っているバク‐の腹の下にもぐりこんだ。バク‐は驚いたよう
に目を覚ましたが、自分の腹の毛に潜り込んだ子猫に気づき、抱きかかえるよう
に子猫の体に顔を寄せて目を閉じた。猫は母のぬくもりを感じながら、スヤスヤ
眠った。 朝、起きてきたマリンは、バク‐に抱えられるように眠っている子猫
を見つけた。 後から起きて来たアラン に(うちの家族にしましょうよ。
バク‐もこの子を受け入れたみたいだし。)(そうだね。じゃあ名前をつけて
やらなければ)(私、いい名前を思いついたわ。この子の毛の色チョコレート色
でしょ。だからショコラってどう?)(ショコラ~、う~ん、いい名前だね。
おしゃれだよ。) こうしてショコラとう名前の子猫は、家族の一員となった。
二 章
ショコラと名前がついてから、もう半年、腕白盛りの僕。 もう一度僕の家族
を紹介しよう。 パパがアラン、ママがマリン、そして兄さんの犬のバク‐と僕。
二人と二匹の家族。 僕はパパの膝が大好き! だからパパが椅子に腰掛けると、
パパの膝に前足を乗せて、抱っこをせがむんだ。そして、いつまでもパパの膝を
占領してると、バク‐が鼻先で僕をつつく。 バク‐もパパが大好きなんだ。
だから膝に抱かれている僕にヤキモチをやく。 パパはそんな時、(バク‐)と
優しく呼びかけ、右手でバク‐を撫でながら、体をかがめてそっと顔を近づける。
檀 上 香 代 子
ここは、避暑地。 夏になれば、都会の人々が休息と癒しを求めて集
まってくる。でも、いまは五月新緑の季節。 村全体がひっそりとして、
風邪のささやき、わずかな生き物たちの、そっと、優しい息づきが聞こ
えてくる。雨がしとしと音楽を奏でている。 湖水も小雨とともに音楽
を奏でる。そんな季節の中で、ショコラは生まれた。 目が開くまでは、
暖かい母の体温に守られ、時にはチョコレート色の毛並みを、優しく毛
づくろいされた。それが‐‐‐‐‐‐。
ある日、目覚めると見慣れない小箱に、二匹兄弟と共に入れられ車に乗
せられて、この湖の傍に置き去られた。 名も与えられず、生きるすべ
も教えられず三匹はこの草叢にに捨てられた。 産まれた日と同じく雨
の音楽の中に。 そのうち音楽は止んだ。それと同時に、母の体温への
想い、温もりへの想いが三匹の子猫の悲しい声となり、ニャアニャとか
すかな声となって母を呼ぶ。 サクサクと草を踏みしめる音が近づいて
きた。 そうして子猫の前の草が横倒しになり、見慣れない大きな足が‐
‐‐‐‐。「おい、子猫が居る、それも三匹。」「エッ!」ザクザクと
慌しく近づく音。 「やあ、本当だ。まだこんなに小さいのに。」
「う~ん、可哀想だが家にはバクが居るからなあ。」と背の高い面長の
男が言った。「家は、彼女が猫嫌いだしな。」と背の低い男が言った。
子猫たちは、願いを込めた目で二人を見つめた。 二人は目配せして
「可哀想だが」と言って子猫たちに背を向けて歩きだした。
チョコレート色の毛の子猫は、何かに背を押されるように、二人の後を
追った。 一定の距離を置いて。どのくらい歩いたのだろう。前の男は、
分かれ道で後ろを振り向いて、「おいおいついてきてるぞ。」と背の低
い男。「俺の家まで、まだ三キロあるから諦めるさ」と背の高い男。
「じゃ、俺すぐ其処だから、走るよ、じゃ、また」背の低い男は左の道に
走り去った。 長身の男は、右の道へ歩調を速めて歩き始めた。子猫は
はじめから、付いて行くのは長身の男と決めていた。 それは草むらで
一瞬であったが、目が合ったとき、何か糸につながれたように感じたから。
長身の男は、足を速めたらしい。 彼と子猫の距離は徐々に開いてくる。
子猫は必死である。 足が重い、足の裏が熱い、座り込んでしまいたい。
小さくなる男の姿に、小さく(ニャー)と声を出してみる。~走れ走れ~
誰かの声が背中を押す。子猫は追い立てられるように、重い足で走り出す。
どの位走ったであろうか。男の姿が徐々に大きくなった。 一m、二mと
距離が縮まる。 男との距離が三mあたりで、子猫は走るのをやめて、
ヨタヨタながら歩き始めた。 男は振り返った。すぐ、また前に歩き始めた。
子猫も歩く。 そのうち子猫は気づいた。 歩調は疲れのため、スピードは
落ちているはずなのに、男の姿が大きくなる。 そうなのだ。 前の男が
歩調をゆるめたのだ。 きっと、受け入れてもらえる。 子猫は期待に胸を
膨らませ、疲れも忘れて、黙々と男の後を追いかけた。男は時々振り返る。
子猫は男の傍まで行っていいのか、判断がつかない。 だから一定の距離を
おいて、男の後ろについていく。 男は、ある門の前で足を止めて、子猫の
方へ振り返り、門を開けそのまま十mぐらい先の玄関に入っていった。
子猫は、ゆっくり用心深く門に入った。そして玄関に近づいた。 そのとき
玄関のドアが開いて、白褐色の毛の大きな顔が、細長い犬の顔が。
子猫はその顔の前で身を縮めた。 (バク‐!)とたしなめる女の声が聞こ
えたが、バク‐は開いたドアから動かない。子猫も身を縮め座り込んだまま、
バク‐を見つめたまま動かない。(もうバク‐ったら)女の声が近づき、
バク‐の顔の前に座り込んでいる、小さな小さな子猫に気がついた。
(アラン、子猫が~)と奥に話しかけた。(湖の公園から、ずっと後を追い
かけてきて)とアラン。(エッ! あんな遠いところから。こんなに小さい
体で、長い距離を。)(うん、はじめは急げばついて来れないだろう、諦め
るだろうと思ったんだが、必死で転びそうになりながら、走ってついて来る
のを見たら、気の毒になってさ。もし、頑張って家までついてきたら、
何かの縁だろうからと思って帰ってきたら、諦めもしないで来ている。
がんばり賞でミルクでもと思ってさ。)アランの手にはミルクの入った椀が。
その椀は、女の手から子猫の前に置かれ、バク‐はアランに甘えるように
体を押し付け、アランについて奥に入っていった。 子猫はミルクを飲むの
をためらっていた。 奥からアランが(マリン、子猫は警戒してるだろうから、
そこから離れたほうがいい。)と声をかけた。 それでもマリンは、子猫に
手を出した。 子猫は一瞬身を硬くして縮こまった。マリンは小さな布を敷いて、
子猫をドアの中に入れ、ミルクを置いて部屋のほうに、ゆっくり歩いていった。
子猫は、マリンの姿が見えなくなって、しばらく周りを見ていた。 子猫ははじ
めてミルクに舌を浸した。急に空腹感が襲ってきて、子猫はミルクを一気に飲み
干した。 ミルクを飲み干すと、疲れがどっときて、そこでそのままウトウト
と眠った。 (寒い)目を覚ますと頭の上の電気の明かりが強くなっていた。
子猫は周りを見回した。階段の下の布の上にバク‐が眠っている姿が目に付いた。
子猫は恐る恐る眠っているバク‐の腹の下にもぐりこんだ。バク‐は驚いたよう
に目を覚ましたが、自分の腹の毛に潜り込んだ子猫に気づき、抱きかかえるよう
に子猫の体に顔を寄せて目を閉じた。猫は母のぬくもりを感じながら、スヤスヤ
眠った。 朝、起きてきたマリンは、バク‐に抱えられるように眠っている子猫
を見つけた。 後から起きて来たアラン に(うちの家族にしましょうよ。
バク‐もこの子を受け入れたみたいだし。)(そうだね。じゃあ名前をつけて
やらなければ)(私、いい名前を思いついたわ。この子の毛の色チョコレート色
でしょ。だからショコラってどう?)(ショコラ~、う~ん、いい名前だね。
おしゃれだよ。) こうしてショコラとう名前の子猫は、家族の一員となった。
二 章
ショコラと名前がついてから、もう半年、腕白盛りの僕。 もう一度僕の家族
を紹介しよう。 パパがアラン、ママがマリン、そして兄さんの犬のバク‐と僕。
二人と二匹の家族。 僕はパパの膝が大好き! だからパパが椅子に腰掛けると、
パパの膝に前足を乗せて、抱っこをせがむんだ。そして、いつまでもパパの膝を
占領してると、バク‐が鼻先で僕をつつく。 バク‐もパパが大好きなんだ。
だから膝に抱かれている僕にヤキモチをやく。 パパはそんな時、(バク‐)と
優しく呼びかけ、右手でバク‐を撫でながら、体をかがめてそっと顔を近づける。