忙しい人のための短編小説~かよわき絆~
高校3年生になるが両親が別居しているので、母のいる武蔵野市から父のいる港区赤坂へ引っ越しした。父と僕とは相性が悪くほとんど口も利かなかない。父が何を言っても、
“愛人がいるのに偉そうな事を言うな”
いつもそう思って無視をしている。
頼りになるのは武蔵野市にいた頃の高校の先生と手紙のやり取りをすることだ。国語の先生をしながら
“本を読め。そして読んだら本から離れろ”
そんなおかしなことを言う先生だ。僕はそんな先生が好きだった。
ある日僕は青山通りを歩いていると目の前にいる一人の女性が突然ふらつき、倒れた。僕はあわてて彼女に寄り、
「大丈夫ですか?救急車を呼びましょうか?」
そう声をかけると,二十歳くらいのその女性は、意識がもうろうとした感じで、
「大丈夫。それと、救急車は呼ばないで」
彼女はガラス細工を扱うような、か細い声でそう言った。
「でも」
「ううん。てんかんの発作なの。病院に行く必要はないわ」
「家まで送りましょうか?」
「そう?そうしてくださる?」
彼女はそう古風な口調で言った。
僕はナビ通り赤坂にある彼女の家に付き添っていった。着くなり彼女は財布から千円札を出そうとした。
「ほんのお礼…」
「いや、そういうつもりじゃ…」
「そう。なんか悪いわね。じゃ名前だけでも」
「俺は羽田和義」
「私は松下奈美」
「奈美さん。いい名前だね」
「普段青山のこどもの城に散歩に行くの。そしてその中でただ座って子供を眺めながら過ごすの。あなたが良ければそこで会えるわ。では」
「じゃあ」
僕たちはそうして別れた。
次の日僕は高校にもいかず青山のこどもの城に行った。なかをずっと探し、やっと彼女を見つけた。
「奈美さん」
「あら、あなた。昨日の」
僕はぎこちなく彼女と話し、いろいろ彼女の事を聞いた。彼女が二十一歳であること、てんかんという病気と、彼女は学校にあまり行っていないで、テレビのしかもNHKで言葉を覚え、心臓も悪いこと。
我々は時間を忘れて語り合った。何度か会ってるうちに奈美さんの家に行った。彼女は生活保護の一人暮らしだった。
「今晩泊まってきてよ」
彼女はそう言った。
「いいの?俺はいいけど」
「お父様に連絡しなくていいの?」
「いいんだよ。あんな親父。それよりご飯はどうする?」
「私がオムレツ作るわ。明日の朝は私はパン半キレだけでいい。それしか食べないの」
「パン半分だけ?食事制限あるの?」
「ううん。お金貯めてるの」
彼女はそう言って、食事の用意で彼女がカップをテーブルに置いた。
「これジバンシーじゃない?」
「そう、私の好きなブランド。こういうブランドを買う為朝ごはんも少しでも我慢してるの」
「でもブランド品買うより、朝ご飯ちゃんと食べた方がいいよ」
「いいの。私にとってブランドは特別。私とブランドは繋がっているの。私は東京に出てきて、病気を持ってて、なんも誇れることはないし、能力もないけど、ある時デパートで私の話をよく聞いてくれる人が現れたの。その人が勧めたのがジバンシー。それからルイヴィトンのバッグ買う様になって私も自信を持って街に出かける事が出来て、だから私とブランドは繋がっているの」
「そういうブランドなしに自分を誇れる様に僕はなりたいね」
「いいわね。あなたは好きな事が言えて」
「好きな事」
「いろいろできる人にはわからないわよ」
その時僕は壁にはってある絵を見た。
「これ誰の絵?」
「私が描いたのよ」
「へえすごいじゃん」
その絵の技法はシーラの様に点を駆使して全体としてはシャガールを思い浮かべる様な幻想的な絵だった。
「すごいよ。立派な才能だよ。ねえ、俺大学に行く。勉強して会社に入って稼げるようになる。奈美ちゃんは絵をかきながら病気と闘う。一緒に人生を共にしよう」
「ねえ、それ本気で言ってるの?本気で言ってるの?」
その晩僕たちは深夜まで語り合った。
度々彼女の家に泊まり青山のこどもの城に行った。
二人でベンチに座り、彼女と子供に目をやりながら、時間を気にせず過ごした。二人で座っていても変な気まずさもなかった。
沈黙も安らぎだった。
彼女はどうか知らないが僕にとって心地よい空間を共有していた。少なくとも僕にはそう感じられた。
僕は彼女に夢中になりこの気持ちを抑えることができず、武蔵野の先生に手紙を書いた。
拝啓
先生僕は苦しいです。ある女性と出会いました。今はもう彼女の事を毎日考えています。彼女なしでは生きていけないんです。彼女が弱ければ弱いほど、守ってやりたいと思うんです。現実の世界が馬鹿らしくなるほどです。お返事待っています。
敬具
僕は手紙を出したその後も彼女と会い続けた。あるとき赤坂の実家に先生の手紙が届いた。僕はむさぶりつくように封筒を開けた。
前略
羽田君どうやら恋をしたようですね。まあいいでしょう。でも気を付けてください恋は盲目ですよ。
草々
しかしある時彼女から大事な話があると言ってきた。彼女の口から
「いつまで、この付き合いを続けるの?」
「奈美ちゃん。どうしたんだよ。いつまでも一緒だろ」
「私は病気なの。普通の人ともちょっと違うの」
「そんなの二人の力で乗り越えられるよ。僕は大丈夫だよ」
「あなたはよくても私はつらいの」
僕は言葉を失った。
「ねえ。和君私が今からいう事を黙って聞いて。私のいう事に否定したくても、否定することがモラルだと思っても、私のいう事を否定しないで黙って聞いて」
「うん」
「私小さいころからいろいろな事を隠してきたの。ずるい人なの。いろんなことを隠して隠して、その付けがたまって、返せなくなって、気が付いたら普通の人の世界でもう生きていけなくなって。私は隠しながら生きてきた人なの」
「うん。そうか」
それでも受け止めようという姿勢で僕は精一杯、そんな短い言葉で答えた。
「こんなこと告げるのどうしてか分かる?私心臓が悪くて明日入院なの。どのみちお別れなの。入院している間は会いに来ないで。お願い。明日はいいけど絶対入院している間は来ないで」
彼女はそう別れ話の様に言い残して僕たちは別れた。
彼女が病院名を教えてくれていたので僕は朝から病院の入り口で待っていた。タクシーに乗って奈美はきた。
入院の手続きを終えると僕たちは病院内の喫茶店で話をした。
「こんにちは」奈美が言った。
「こんにちは」僕が言った。
「よく来てくれたわね」
「うん。退院したらまた会える?」
「もしかしたらね…」
「…あっ、あなたも高校に通って大学に行く?」
「もしかしたらね」
その後も僕たちは茶道部でのやり取りの様な形式的な会話が続いた。
1か月が経ち、奈美の病院の前を通り、妙な胸騒ぎがしたので、僕は奈美との約束を破り、病院の中に入った。そこで僕が目にしたものは、救急救命室に向かって運ばれる奈美だった。
「どうしたんですか?」
僕は近くの看護婦さんに聞いた。
「彼女オーバードースしたの。眠剤の大量服薬。一か月分ため込んでいて」
“愛人がいるのに偉そうな事を言うな”
いつもそう思って無視をしている。
頼りになるのは武蔵野市にいた頃の高校の先生と手紙のやり取りをすることだ。国語の先生をしながら
“本を読め。そして読んだら本から離れろ”
そんなおかしなことを言う先生だ。僕はそんな先生が好きだった。
ある日僕は青山通りを歩いていると目の前にいる一人の女性が突然ふらつき、倒れた。僕はあわてて彼女に寄り、
「大丈夫ですか?救急車を呼びましょうか?」
そう声をかけると,二十歳くらいのその女性は、意識がもうろうとした感じで、
「大丈夫。それと、救急車は呼ばないで」
彼女はガラス細工を扱うような、か細い声でそう言った。
「でも」
「ううん。てんかんの発作なの。病院に行く必要はないわ」
「家まで送りましょうか?」
「そう?そうしてくださる?」
彼女はそう古風な口調で言った。
僕はナビ通り赤坂にある彼女の家に付き添っていった。着くなり彼女は財布から千円札を出そうとした。
「ほんのお礼…」
「いや、そういうつもりじゃ…」
「そう。なんか悪いわね。じゃ名前だけでも」
「俺は羽田和義」
「私は松下奈美」
「奈美さん。いい名前だね」
「普段青山のこどもの城に散歩に行くの。そしてその中でただ座って子供を眺めながら過ごすの。あなたが良ければそこで会えるわ。では」
「じゃあ」
僕たちはそうして別れた。
次の日僕は高校にもいかず青山のこどもの城に行った。なかをずっと探し、やっと彼女を見つけた。
「奈美さん」
「あら、あなた。昨日の」
僕はぎこちなく彼女と話し、いろいろ彼女の事を聞いた。彼女が二十一歳であること、てんかんという病気と、彼女は学校にあまり行っていないで、テレビのしかもNHKで言葉を覚え、心臓も悪いこと。
我々は時間を忘れて語り合った。何度か会ってるうちに奈美さんの家に行った。彼女は生活保護の一人暮らしだった。
「今晩泊まってきてよ」
彼女はそう言った。
「いいの?俺はいいけど」
「お父様に連絡しなくていいの?」
「いいんだよ。あんな親父。それよりご飯はどうする?」
「私がオムレツ作るわ。明日の朝は私はパン半キレだけでいい。それしか食べないの」
「パン半分だけ?食事制限あるの?」
「ううん。お金貯めてるの」
彼女はそう言って、食事の用意で彼女がカップをテーブルに置いた。
「これジバンシーじゃない?」
「そう、私の好きなブランド。こういうブランドを買う為朝ごはんも少しでも我慢してるの」
「でもブランド品買うより、朝ご飯ちゃんと食べた方がいいよ」
「いいの。私にとってブランドは特別。私とブランドは繋がっているの。私は東京に出てきて、病気を持ってて、なんも誇れることはないし、能力もないけど、ある時デパートで私の話をよく聞いてくれる人が現れたの。その人が勧めたのがジバンシー。それからルイヴィトンのバッグ買う様になって私も自信を持って街に出かける事が出来て、だから私とブランドは繋がっているの」
「そういうブランドなしに自分を誇れる様に僕はなりたいね」
「いいわね。あなたは好きな事が言えて」
「好きな事」
「いろいろできる人にはわからないわよ」
その時僕は壁にはってある絵を見た。
「これ誰の絵?」
「私が描いたのよ」
「へえすごいじゃん」
その絵の技法はシーラの様に点を駆使して全体としてはシャガールを思い浮かべる様な幻想的な絵だった。
「すごいよ。立派な才能だよ。ねえ、俺大学に行く。勉強して会社に入って稼げるようになる。奈美ちゃんは絵をかきながら病気と闘う。一緒に人生を共にしよう」
「ねえ、それ本気で言ってるの?本気で言ってるの?」
その晩僕たちは深夜まで語り合った。
度々彼女の家に泊まり青山のこどもの城に行った。
二人でベンチに座り、彼女と子供に目をやりながら、時間を気にせず過ごした。二人で座っていても変な気まずさもなかった。
沈黙も安らぎだった。
彼女はどうか知らないが僕にとって心地よい空間を共有していた。少なくとも僕にはそう感じられた。
僕は彼女に夢中になりこの気持ちを抑えることができず、武蔵野の先生に手紙を書いた。
拝啓
先生僕は苦しいです。ある女性と出会いました。今はもう彼女の事を毎日考えています。彼女なしでは生きていけないんです。彼女が弱ければ弱いほど、守ってやりたいと思うんです。現実の世界が馬鹿らしくなるほどです。お返事待っています。
敬具
僕は手紙を出したその後も彼女と会い続けた。あるとき赤坂の実家に先生の手紙が届いた。僕はむさぶりつくように封筒を開けた。
前略
羽田君どうやら恋をしたようですね。まあいいでしょう。でも気を付けてください恋は盲目ですよ。
草々
しかしある時彼女から大事な話があると言ってきた。彼女の口から
「いつまで、この付き合いを続けるの?」
「奈美ちゃん。どうしたんだよ。いつまでも一緒だろ」
「私は病気なの。普通の人ともちょっと違うの」
「そんなの二人の力で乗り越えられるよ。僕は大丈夫だよ」
「あなたはよくても私はつらいの」
僕は言葉を失った。
「ねえ。和君私が今からいう事を黙って聞いて。私のいう事に否定したくても、否定することがモラルだと思っても、私のいう事を否定しないで黙って聞いて」
「うん」
「私小さいころからいろいろな事を隠してきたの。ずるい人なの。いろんなことを隠して隠して、その付けがたまって、返せなくなって、気が付いたら普通の人の世界でもう生きていけなくなって。私は隠しながら生きてきた人なの」
「うん。そうか」
それでも受け止めようという姿勢で僕は精一杯、そんな短い言葉で答えた。
「こんなこと告げるのどうしてか分かる?私心臓が悪くて明日入院なの。どのみちお別れなの。入院している間は会いに来ないで。お願い。明日はいいけど絶対入院している間は来ないで」
彼女はそう別れ話の様に言い残して僕たちは別れた。
彼女が病院名を教えてくれていたので僕は朝から病院の入り口で待っていた。タクシーに乗って奈美はきた。
入院の手続きを終えると僕たちは病院内の喫茶店で話をした。
「こんにちは」奈美が言った。
「こんにちは」僕が言った。
「よく来てくれたわね」
「うん。退院したらまた会える?」
「もしかしたらね…」
「…あっ、あなたも高校に通って大学に行く?」
「もしかしたらね」
その後も僕たちは茶道部でのやり取りの様な形式的な会話が続いた。
1か月が経ち、奈美の病院の前を通り、妙な胸騒ぎがしたので、僕は奈美との約束を破り、病院の中に入った。そこで僕が目にしたものは、救急救命室に向かって運ばれる奈美だった。
「どうしたんですか?」
僕は近くの看護婦さんに聞いた。
「彼女オーバードースしたの。眠剤の大量服薬。一か月分ため込んでいて」
作品名:忙しい人のための短編小説~かよわき絆~ 作家名:松橋健一