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おやまのポンポコリン
おやまのポンポコリン
novelistID. 129
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徘徊者

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【 徘徊者 】

 昭和初期に建てられたという総合病院は施設も古く、新聞を読のも苦労する薄暗さだが、清潔さは保たれており、消毒用アルコールの匂いが充満する待合室は老人達の社交場となっていた。

「まあ記憶喪失ってのは、頭を強打した人にはよくある事だと言うよ。この方法ですっきり良くなるかどうかは分からないが、とりあえず私についてきなさい」
 キョロキョロと院内を歩きまわっていた僕に、西口という初老の男が声をかけてきた。

 西口は僕を従えて調剤室前の長い廊下を進み、用具室の横の階段へと誘う。
 そこには“立入禁止”を表すかのような板張りがしてあった。
「本当は入ってはいけない場所だから、慎重に行動してくれよ」
 そう言いながら西口は板と板の間に空いた隙間から中へと入っていった。
 僕は無言でその後を追った。

 蜘蛛の巣だらけの階段を登ると、電球が一つだけぶら下がった大きな部屋に出た。
「ここは長い間、霊安室として使われていたんだ」
 言われてみれば、部屋のあちこちで呆然とたたずんでいる人の気配が感じられる。

「誰もいないよ。それはこの場所が持つ残像とでもいうやつさ」
 西口はまるで僕の心を読みとったかのように笑った。

 昔の霊安室を通り抜け、暗い廊下を進むと乱雑に広がった資料室があった。
「もしかすると、ここに僕の記録が?」と尋ねたが西口は首を振り、今度はひどく狭い通路を経由し、その隣にあった機械室へ入った。
 そこは不必要なくらい明るい照明がされていた。
 
「この病院には既に使われてない場所があってね」
 そう言いながら西口は機械室脇の階段を登り、だだっ広い空間に僕を案内した。
 ここには無人の受付があって、キーンという耳障りな音が充満していた。
 しかも驚いたことに先程の機械室を上回る照明がされ、無人の空間を煌々と照らし出している。
「人も働いていないのに何故こんなに明るくしてるんでしょうか?」
 僕にはそれが不思議でならなかったが、西口はその訳を知っているようだった。

 だが彼は教えてくれず、今度は大きなエレベーターホールへと僕を誘導する。
 どのボタンも壊れているのか、まるで作動しなかったが、しばらくすると自動的にエレベーターが到着し、僕たちは機械に導かれるまま別の階へと移動した。

 到着した階はまたしても無人。
 やはり眩しい照明器具だけが廊下を照らしていた。 
「ここも何もないですねえ・・・」
 ボクはいいかげんうんざりして溜息をついた。
 しかし西口は真剣な表情で廊下の端を指さすと「そこにある長椅子を見てみなさい」と言ったのだ。
 
「誰もいませんが・・・」
 僕が即座に答えると西口は首を振り、「こういうのにはコツがあるんだよ。脳は安全装置を働かせ、常に見てはいけない物を見えないように仕向けるので。この世界の者を見ようとすれば、さりげなく視界の端で見なければいけないんだ」と言うではないか。
 半信半疑のまま言われたとおりにしてみると・・・、

「アッ!」
 そのベンチに白い何者かが座っていた!

「よしよし、見えてきたようだね」
 西口はトイレ脇、病室のベッド、ナースステーションといったポイントを次々と指さしていった。
 驚くべきことにその全てに白い影があって、しかもそれは次第に鮮明になってきたのだ。

「人間ですね。この病院に住み着く幽霊でしょうか」
「まあそんなものかな。少しずつ顔の輪郭まで見えてきただろう?」
「ええ」
「それじゃあ、今度はこっちの影を見てみなさい」

 そこは集中治療室で、ナースと思われる白い影が忙しく働く中、ベッドには何故か見慣れた顔の白い影が横たわっていた。
「あれは知っている・・・」
 そう思った瞬間、その白い影がクワッ! と目を見開いた。


 視界の先に一瞬だけ西口が写り、「忘れないでくれよ」と言って消えた。

「山野さんの意識が戻りました!」
 僕の周りの看護師達が騒いでいた。


 少し回復し、一般病棟に移された後、僕は親しくなった看護師長に眠り続けていた頃の不思議な夢(西口さんとの冒険)を話した。
 すると黙って聞いていた看護師長の表情が変わり、慌てて病室を飛び出したかと思えば、しばらくして病院の古いアルバムを持って戻ってきた。

「そうです。この人でした」
 僕は少し戸惑いながらも、その古い写真に見入った。
 それは戦後すぐに再開された病院を写したもので、医師の格好をした西口が写っていた。

「西口さんは先々代の院長先生で、私がまだ看護婦になったばかりの頃、よく面倒を見てくださった方です。80年代まで診察もされていて、よく戦争中の事を話していました」
 看護師長は懐かしそうに西口の事を語ってくれた。

 なんでも戦時中、この病院は地下に掘った防空壕の中で臨時に診察をしていたのだが、終戦間近の空襲で破壊されたのだという。
 戦後すぐにその場所に再建されたものの遺骨収集すら行われておらず、西口元院長はいつもそのことを気にかけていたそうだ。

 僕の話を聞いて看護師長は理事会に相談し、この夏のお盆に地下に眠る人達の法要を行うことにしたそうだ。


    ( おしまい )
作品名:徘徊者 作家名:おやまのポンポコリン