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「Nova」Episode

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――matin――

「はぁっ……はぁっ……!」
 闇の中、荒い息づかいが聞こえてくる。外はまだ昼間のはずなのに、何故この廃墟の中はこんなにも暗いのだろう。
 荒くなった息を必死に落ち着かせながら、額に浮かんだ汗をぬぐった。
 同時に物陰から何らかの気配を感じとる。すぐさま持っていた二丁の拳銃を構え、息を殺した。
 緊張で張りつめた空気の中、姿を現したのは見覚えのある緑の髪の青年だった。
「俺だっ! 撃つなよっ!?」
「ティートか……驚かすな」
 そう言って、薄い水色の短髪をさらっと揺らしながら、構えていた拳銃をおろした。
 ティートと呼ばれた青年は、ふぅ、と軽く息を吐くと背負っていたライフルに弾をこめ始める。
「……で、どうだったんだ? ノックス」
 ノックス、と呼ばれたのは二丁拳銃の娘。
「どうだったも何も、気配も読み取れないうえに姿も見当たらない…。この廃墟は広すぎる」
 ノックスは悔しそうに顔を歪め地面を睨み付ける。それを聞いたティートは「そっか」と溜め息混じりに呟いた。
「そっちはどうだったんだ?」
 思い出したようにノックスが聞き返すと、ティートは手を止め、何かを警戒するように息を殺す。どうしたんだ?と聞こうと口を開いたノックスも同様に目を細め、息を殺した。
 二人がいるのは、この廃墟に複数ある武器倉庫の一つだった。その倉庫には窓や通気孔などがなく、風が入ってくる場所はないはずなのだが、足元に妙に冷たい風が流れ込んで来ていた。
「……ティート」
 ノックスは自分の目の前を見つめたまま、静かにティートの名を呼んだ。
「……分かってるっ!」
 その言葉を合図にノックスは低くしゃがみ、ティートが横なぎに振ったライフルを避けた。
 ティートのライフルは、二人が感じ取った気配の主へと直撃していた。
 しゃがんだノックスは素早く後ろを振り返り、間合いを取るように飛び下がる。同じようにティートもすぐにノックスの隣へとやって来た。
「たく、いつの間にいやがったんだっ!」
「大声を出すな、他の奴等も来るぞ」
 そう言ってノックスは目の前を睨み付け、殺気を放つ。
 二人の目の前には化物が立っていた。顔は何かにえぐられたように肉や骨が見え隠れし、目からは血が流れ大きく見開かれている。顔だけではなく体中が同じような状態で、酷いところでは皮膚や肉が腐ってしまって異臭を放つ所もあった。
 見る限り、元は人間だったのだろう。だが、今の状態ではとても"人間"とは言えない姿だ。
「なら、何て呼ぶか?」
 敵が目の前にいる状況でもティートの声音は明るい。緊張感がないティートにノックスは軽い溜め息をついた。
「好きに呼べばいいだろう」
「あー……そうだなぁ……んー」
 ティートが呻きながら悩んでいる中、敵はゆっくりと近づいてくる。
 ティートを目の端に置きながらノックスは二丁の拳銃を構え、敵に連続して銃弾をあびせた。激しい銃声と共に敵の体には次々と穴が開き、血が飛び散っていた。
 血の臭いに、ノックスが少し顔をしかめた時だった。
「よぉし! 分かった!!」
 突然のティートの大声にノックスは心臓が出る思いだった。反射的にノックスは銃を持ったままの片手でティートの頭を殴る。
「痛っ!?」
「バカ者! 驚かすな!!」
「そんなに驚いてねぇだろ!」
「驚いたから言ってるんだっ! バカっ!」
「バカバカ言うんじゃねぇっ!!」
 ティートは「悪かったよ」と肩をすくめてみせる。
 そのティートにノックスは呆れたように溜め息を再び吐き出すと、拳銃を両側のポケットにしまい込む。そして、敵に背を向けた。
「…あとはお前がやれ」
「じゃ、ちみっと魔法でも使うか!」
「魔力もつのか?」
「気にすんな〜♪」
 ティートは持っていたライフルを背負うと、懐から見事な装飾が施された短剣を取り出した。その短剣でティートは地面を削り、何かを書いていく。術式のようだった。
「詠唱は?」
 ノックスが問うとティートはニヤリと笑みながら呟く。
「無くても別にいいだろ」
 立ち上がったティートは短剣を自分前で構えると、目を閉じる。ノックスも同様に、ゆっくりと目を閉じる。
「旋風刃」
 地面に描かれた術式が強い光を放つ。同時にティートが持っていた短剣も僅かに緑色に輝いた。
 ティートは目を開き、短剣を、空気を斬るように素早く振った。そうすると、いくつもの風の刃が空中に現れ、それは容赦なく敵に向かって飛んでいった。
 風の刃に激しく切り裂かれた敵は、声をあげる事もなく無惨に倒れ込むと、地面に溶け込むように跡形もなく消えていく。
 ノックスはゆっくりと蒼色の瞳を開いた。
「敵の殲滅を確認した」
 ティートに続いてノックスも口を開いた。
「戦闘終了」



――reveil――


時は数時間前にさかのぼる。


「……は?」
「聞こえなかったか?」
 まだ太陽が昇る前。東の空が明るくなり始めていた早朝に、ノックスとティートは訓練学校の屋上にいた。
 いつもの屋上でノックスに話を持ち出され、突然であったその話にティートはポカンと口を開ける。
「いや、普通に聞こえた」
「なら、どうして疑問符がついてる」
「お前の口からあり得ない事を聞いた気がしたから」
「……ふむ」
「……ノックス、もう一回、しっかりと、分かりやすく、同じ事言ってくれ」
 冗談を言ってくれ、とでも言うような面持ちのティートに、ノックスは短く息を吐いた。
「……だからだな、私たちが探していたS級クリスタル。
 この近辺では無いと思われていたんだが、ここから直ぐの所にある廃墟にあるかもしれないんだ」
 ノックスをじっと見つめ、口をあんぐりと開けたまま、ティートは硬直していた。
 暫くすると、ティートは瞬きを数回繰り返し、段々と顔に驚きの色を浮かばせていく。
「な……な、ななっ……」
「……おい、ティート─―」
 嫌な予感を感じたノックスは、それを止めようと声をかける。
 だが、それも虚しく。
「何だとおおおおおおおっ!?!?」
「声が大きいんだお前はぁっ!!」
 バシンッ!
 と、そんな音が辺りに響いた。その音の正体は、ノックスがティートの頭を思い切り叩いた音。
 ……余程痛かったのだろう。
 ティートは目に涙をため、叩かれた自分の頭を両手で押さえ込みながらうずくまっていた。ジンジンとした頭の痛みに堪えながら、ティートはゆっくりと顔をあげる。
「えすきゅーの……くりすたる、な……?」
「す、すまないティートっ……!」
 痛がっているのに気がついたノックスは、ティートの制止の声を聞かずに回復の術をかける。
「かの者へ光の癒しを……ライトヒール!」
「サンキュー……」
「いや……すまない……」
 自分の頭をさすっていたティートは、座ったままノックスを見上げ、真剣なまなざしをする。
「で? 詳細は分かるのか?」
 ティートの言葉にノックスの目も真剣味をおびる。
「私も信じられないが、そのS級クリスタルは"ノヴァ"かもしれない」
「はっ!? "ノヴァ"ってあの幻とか言われてるクリスタルかっ!?」
 ノックスが頷く。
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那