ルームランプ
今年の3月に、高校を卒業した俺の姉が車の免許を取った。
田舎の社会人には車の免許は就職の必須条件なのだそうだ。
年が明けた頃に免許を取った姉は、俺達の父親名義で買った中古の軽自動車でドライブがてらに運転の練習をするのが好きなようだった。
「直人、ちょっと付き合わない?」
「え?」
「美樹に飲み会の帰りの迎え頼まれてたのにさ、彼氏が迎えにくるからって断られちゃって」
「ええ・・・やだよ、姉ちゃんの運転危なっかしいじゃん。それにもう夜遅いしめんどくさい」
「大丈夫だって!もう夜遅いし車はそんなに走っちゃいないわよ。それにあんた暇でしょ?」
「暇でも命は惜しい。俺は行きたくない」
「直人、あんた金欠だったよね。雑誌が欲しいなんて言ってなかったっけ?あーあ、ドライブの帰りに本屋でも寄ってみようかなあ」
「えっ?」
「・・・ドライブ、来る?」
「・・・・・・・・・行きます」
こうして、夏休みに入って家でだらだらしていた金欠の俺は姉に夜のドライブに誘われたのだった。
「気をつけてくれよ、姉ちゃん」
「わかってるって」
姉はワンピース、俺はジャージという軽装で駐車場に向かった。
向かった、といっても家のとなりにあるのでそこまで遠くはない。
俺が異変に気付くのはそう遅いことではなかった。
「姉ちゃん、もう鍵開けたの?ルームランプ付いてねえ?」
「ああ、なんか最近多いのよね。鍵は開けてないわよ」
「え?それやばくね?大丈夫?」
「大丈夫じゃない?中古車だしあんまり気にしなくても。」
本来ならルームランプは消えている状態だ。
姉はとんでもなくトロいのでもしかしたら走っている間にルームランプがついていても気付かないんだと思う。
「おいおい・・・大丈夫かよ・・・」
この時感じた俺の不安はのちのち最悪の形で的中することになる。思えばこの時俺が姉を止めていればあんなことにはならなかったのだと思っている。
「せっかくだしちょっと先の中山峠まで行ってみない?」
「迷うなよ」
「ナビがついてるから大丈夫だって」
中山峠というのは、俺達の住む市のとなりの市にある有名な心霊スポットだ。
俺達姉弟は割とホラーが好きなのでその点については盛り上がった。
車内はラジオからハイテンションな音楽番組が流れていて、エアコンは程よく涼しく、なかなか快適だった。
思っていたより姉の運転も丁寧で、しかも前後にも対向車線にも車は滅多に通らないので内心事故の心配をしていた俺はほっと一息ついた。
「あら?」
「どうかしたの?」
「ううん、ナビが全然関係ない目的地に設定されてたみたいで中山峠からずいぶん離れちゃったみたいなのよ」
「それまずくね?すぐ戻ろうよ。今どこ?」
「さ、狭山・・・」
「狭山町?それならあんまり離れてないから一回コンビニかどっかに行って休もうぜ。随分走ったし」
ナビの時計を見ればもう23時を回っていた。家を出たのが22時前なのでもう随分走ったことになる。
「おかしいわね。中山峠に合わせてたはずなのに」
姉は方向音痴なのでどこに行くのにも基本的にナビを設定する。今日、中山峠にナビの目的地に合わせたのは俺も確認している。
「ナビも中古のだからかしら」
「そんなことってあんのかよ・・・」
疑問に思いながらも俺達は狭山町を離れ、中山峠の近くのコンビニに向かったのだった。
「うーん、今日はお父さんもお母さんも家に居なくて助かったわ。こんな時間まであんたのこと連れ出してたらどんな文句言われるかわからないもんね」
「そんなこといっても帰れんのかよ。家に着く頃には2時とかすぎるんじゃねえの?」
「いいじゃない。私もあんたも明日休みなんだし」
30分ほど走ってようやくコンビニに着いた。
そこで買った缶コーヒーを2人で飲みながら姉はふうと大きく息をついていた。
こんなに遅い時間なのに気温は生ぬるく、コンビニの看板の明かりに小さい虫が無数に群がっていた。
空を見上げるとどんよりと曇っているようで山だというのに星ひとつ見えなかった。
「よし、じゃあ帰ろうか」
「おう」
コンビニの裏のゴミ箱に缶を捨て車に戻った俺達は思わず足を止めた。
「ついてる・・・ルームランプ・・・」
「や、やだ・・・鍵はかかったままよ」
ルームランプがついているのだ。通常なら鍵がかかったままの車がひとりでにルームランプがつくなんてことはありえない。
中山峠という心霊スポットに遊び半分で行こうとしていたこと、勝手に目的地が変わっていたカーナビ、様々なことが重なり俺達は一気に血の気がひいたような気がした。
「おいおいなんだよこれ・・・気持ち悪すぎんぞ・・・なんでルームランプが勝手についてんだよ」
「ね、ねえ、中古車ってこんなことはあるの?」
「普通はねえだろ・・・信じらんねえよ。急いで帰ろうぜ」
「え、ええ・・・」
おそるおそる車に乗り込んだ俺達は行きのようなわくわくした気分はなく、ただ無言だった。
「え、何?」
姉がこわばった表情のままいきなり俺に向かって問いかけた。
俺は黙っていたので何もわからない。俺が逆に姉に何かと聞きたい気分だ。
「俺なんも言ってねえよ」
「やだ、嘘つかないでよ。さっきから何かぶつぶつ呟いてるじゃない」
「だからなんも言ってねえって」
俺がそう言った瞬間ルームランプがついた。
思わずルームランプを凝視する。
「・・・直人?」
「姉ちゃん・・・」
姉の震える声を聞いて俺は横を向いて運転席の姉を見た。見た瞬間俺は凍りついた。
居る。
何かが居るのだ。
運転席の後ろからハンドルを握る姉に絡みつくように人影のようなものが見えた。
いや、そんなわけはない。ありえない。俺達以外は誰も車には居ないし、ちょっと雰囲気のせいで臆病になってるだけだ。
これはきっと見間違いだ。
「ねっ・・・姉ちゃん・・・?」
「・・・・・・・・・」
俺が慌てて姉に声をかけると姉は小声で何かつぶやいているようだった。
「姉ちゃん・・・?」
「私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う」
「ひいっ・・・」
気付けばラジオの音も耳に入らなかった。人影はどうやら姉に向かって何かを尋ねているようだった。
はじめはぼそぼそとしか聞き取れなかったのにその声はだんだんと大きくなっていった。
「私をひき殺したのはお前か・・・私をひき殺したのはお前か・・・私をひき殺したのはお前か・・・」
「私は違う私は違う私は違う」
人影の声も姉の声もだんだんと大きくなってきた。
「お、おい姉ちゃんしっかりしろよ!」
ぴたり。
声が、やんだ。
ゆっくりと、ゆっくりと人影がこちらを向いた。
顔は半分がぐちゃぐちゃに潰れ、片方の目は血走って真っ赤だった。
ニタニタと笑った口は歯がボロボロと抜け落ち残った歯も、舌も唇も血で赤黒く変色していた。
顔のパーツから察するに若い女なのだと、俺は思う。とにかくこいつは人影じゃない。俺は直感した。見間違いなんかじゃない。
信じたくはないけど・・・こいつ・・・多分、幽霊とかそんなんだ。
田舎の社会人には車の免許は就職の必須条件なのだそうだ。
年が明けた頃に免許を取った姉は、俺達の父親名義で買った中古の軽自動車でドライブがてらに運転の練習をするのが好きなようだった。
「直人、ちょっと付き合わない?」
「え?」
「美樹に飲み会の帰りの迎え頼まれてたのにさ、彼氏が迎えにくるからって断られちゃって」
「ええ・・・やだよ、姉ちゃんの運転危なっかしいじゃん。それにもう夜遅いしめんどくさい」
「大丈夫だって!もう夜遅いし車はそんなに走っちゃいないわよ。それにあんた暇でしょ?」
「暇でも命は惜しい。俺は行きたくない」
「直人、あんた金欠だったよね。雑誌が欲しいなんて言ってなかったっけ?あーあ、ドライブの帰りに本屋でも寄ってみようかなあ」
「えっ?」
「・・・ドライブ、来る?」
「・・・・・・・・・行きます」
こうして、夏休みに入って家でだらだらしていた金欠の俺は姉に夜のドライブに誘われたのだった。
「気をつけてくれよ、姉ちゃん」
「わかってるって」
姉はワンピース、俺はジャージという軽装で駐車場に向かった。
向かった、といっても家のとなりにあるのでそこまで遠くはない。
俺が異変に気付くのはそう遅いことではなかった。
「姉ちゃん、もう鍵開けたの?ルームランプ付いてねえ?」
「ああ、なんか最近多いのよね。鍵は開けてないわよ」
「え?それやばくね?大丈夫?」
「大丈夫じゃない?中古車だしあんまり気にしなくても。」
本来ならルームランプは消えている状態だ。
姉はとんでもなくトロいのでもしかしたら走っている間にルームランプがついていても気付かないんだと思う。
「おいおい・・・大丈夫かよ・・・」
この時感じた俺の不安はのちのち最悪の形で的中することになる。思えばこの時俺が姉を止めていればあんなことにはならなかったのだと思っている。
「せっかくだしちょっと先の中山峠まで行ってみない?」
「迷うなよ」
「ナビがついてるから大丈夫だって」
中山峠というのは、俺達の住む市のとなりの市にある有名な心霊スポットだ。
俺達姉弟は割とホラーが好きなのでその点については盛り上がった。
車内はラジオからハイテンションな音楽番組が流れていて、エアコンは程よく涼しく、なかなか快適だった。
思っていたより姉の運転も丁寧で、しかも前後にも対向車線にも車は滅多に通らないので内心事故の心配をしていた俺はほっと一息ついた。
「あら?」
「どうかしたの?」
「ううん、ナビが全然関係ない目的地に設定されてたみたいで中山峠からずいぶん離れちゃったみたいなのよ」
「それまずくね?すぐ戻ろうよ。今どこ?」
「さ、狭山・・・」
「狭山町?それならあんまり離れてないから一回コンビニかどっかに行って休もうぜ。随分走ったし」
ナビの時計を見ればもう23時を回っていた。家を出たのが22時前なのでもう随分走ったことになる。
「おかしいわね。中山峠に合わせてたはずなのに」
姉は方向音痴なのでどこに行くのにも基本的にナビを設定する。今日、中山峠にナビの目的地に合わせたのは俺も確認している。
「ナビも中古のだからかしら」
「そんなことってあんのかよ・・・」
疑問に思いながらも俺達は狭山町を離れ、中山峠の近くのコンビニに向かったのだった。
「うーん、今日はお父さんもお母さんも家に居なくて助かったわ。こんな時間まであんたのこと連れ出してたらどんな文句言われるかわからないもんね」
「そんなこといっても帰れんのかよ。家に着く頃には2時とかすぎるんじゃねえの?」
「いいじゃない。私もあんたも明日休みなんだし」
30分ほど走ってようやくコンビニに着いた。
そこで買った缶コーヒーを2人で飲みながら姉はふうと大きく息をついていた。
こんなに遅い時間なのに気温は生ぬるく、コンビニの看板の明かりに小さい虫が無数に群がっていた。
空を見上げるとどんよりと曇っているようで山だというのに星ひとつ見えなかった。
「よし、じゃあ帰ろうか」
「おう」
コンビニの裏のゴミ箱に缶を捨て車に戻った俺達は思わず足を止めた。
「ついてる・・・ルームランプ・・・」
「や、やだ・・・鍵はかかったままよ」
ルームランプがついているのだ。通常なら鍵がかかったままの車がひとりでにルームランプがつくなんてことはありえない。
中山峠という心霊スポットに遊び半分で行こうとしていたこと、勝手に目的地が変わっていたカーナビ、様々なことが重なり俺達は一気に血の気がひいたような気がした。
「おいおいなんだよこれ・・・気持ち悪すぎんぞ・・・なんでルームランプが勝手についてんだよ」
「ね、ねえ、中古車ってこんなことはあるの?」
「普通はねえだろ・・・信じらんねえよ。急いで帰ろうぜ」
「え、ええ・・・」
おそるおそる車に乗り込んだ俺達は行きのようなわくわくした気分はなく、ただ無言だった。
「え、何?」
姉がこわばった表情のままいきなり俺に向かって問いかけた。
俺は黙っていたので何もわからない。俺が逆に姉に何かと聞きたい気分だ。
「俺なんも言ってねえよ」
「やだ、嘘つかないでよ。さっきから何かぶつぶつ呟いてるじゃない」
「だからなんも言ってねえって」
俺がそう言った瞬間ルームランプがついた。
思わずルームランプを凝視する。
「・・・直人?」
「姉ちゃん・・・」
姉の震える声を聞いて俺は横を向いて運転席の姉を見た。見た瞬間俺は凍りついた。
居る。
何かが居るのだ。
運転席の後ろからハンドルを握る姉に絡みつくように人影のようなものが見えた。
いや、そんなわけはない。ありえない。俺達以外は誰も車には居ないし、ちょっと雰囲気のせいで臆病になってるだけだ。
これはきっと見間違いだ。
「ねっ・・・姉ちゃん・・・?」
「・・・・・・・・・」
俺が慌てて姉に声をかけると姉は小声で何かつぶやいているようだった。
「姉ちゃん・・・?」
「私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う私は違う」
「ひいっ・・・」
気付けばラジオの音も耳に入らなかった。人影はどうやら姉に向かって何かを尋ねているようだった。
はじめはぼそぼそとしか聞き取れなかったのにその声はだんだんと大きくなっていった。
「私をひき殺したのはお前か・・・私をひき殺したのはお前か・・・私をひき殺したのはお前か・・・」
「私は違う私は違う私は違う」
人影の声も姉の声もだんだんと大きくなってきた。
「お、おい姉ちゃんしっかりしろよ!」
ぴたり。
声が、やんだ。
ゆっくりと、ゆっくりと人影がこちらを向いた。
顔は半分がぐちゃぐちゃに潰れ、片方の目は血走って真っ赤だった。
ニタニタと笑った口は歯がボロボロと抜け落ち残った歯も、舌も唇も血で赤黒く変色していた。
顔のパーツから察するに若い女なのだと、俺は思う。とにかくこいつは人影じゃない。俺は直感した。見間違いなんかじゃない。
信じたくはないけど・・・こいつ・・・多分、幽霊とかそんなんだ。