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矛先

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 一週間後に任務に戻った彼は、やはりところどころミスが多かった。彼の上官は不慮の事故で同僚を殺してしまった青年に甚く同情し、とても親身であった。上官は彼にもう一週間の休暇を許し、どうしても必要ならば任期を全うせずとも除隊できるようになんとかしようと青年を慰めた。青年は上官に感謝し、除隊はしないが休んだ一週間の後に更に一週間の休暇を得た。
 その休暇の間、訓練期間中に仲の良かった同期の隊員と昼食に出かけた。彼の名を赤崎と言って、同期の中でも屈強な肉体を持った男性であった。青年は赤崎に対し自分の経験を打ち明けた。中高時代に送られてきた謎の残虐な映像集、そしてそれを見て感じたこと、考えたことをすべて彼に明かした。赤崎は青年の話に動揺の色を示さずひたすら聞いていた。
「俺も、似たような経験したことはあったよ」
 赤崎は茶化すように笑った。赤崎は高校時代に、スリランカ紛争での女性兵のレイプ・虐殺の映像を見ていた。そういう悲しみから自衛隊に入るという動機を赤崎は理解できると言ったし、赤崎本人はそれで人々を助けたいと思うようになったと言った。しかし映像を見た深刻さは青年程でなかったのだろう。赤崎はもし青年がそれほどまでに前線に興味があるのなら自衛隊よりフランス外人部隊に入るように勧めた。
 青年もフランス外人部隊のことを知らないわけではなかったが、それもまた画面の向こうの出来事だと思い込んでいた。確かに戦争に出向くには自衛隊では不向きであった。遠征地で都市防衛をしようにも、自衛隊に戦闘権限は少なかった。高校時代に攻撃を受けた自衛隊がオランダ軍に守られていたという話を思い出し、何故このような簡単なことを思いつかなかったのか後悔した。
 赤崎は自衛隊で二年の任期を全うした後に自衛隊を辞め、フランスの外人部隊へ向かった。青年は任期を更に二年伸ばし、赤崎を見習ってより良い兵士となる為レンジャー課程に進んだ。


3.

 夏季冬季レンジャー課程を済まし陸上自衛隊屈指の隊員となった青年は第一空挺団に配属するよう上官に勧められたがそれを断り、自衛隊を辞めた。上官は彼の意向をしぶしぶ承諾し、最後に一杯二人きりで飲むことを条件にそれを許した。青年にとって自衛隊での四年間は思い出深いものとなり、画面のこちら側という戦場から離れた世界での軍隊を学んだ。
 自衛隊を辞めて間もなく、彼はフランスに出向いた。一か月ほどフランス語を学んだりフランスに馴染んだりしながら、彼は外人部隊に入る手続きを済ませた。入隊試験は困難を極めたが、その狭い門を潜り抜けた青年は部下として赤崎と再会することとなった。
 入隊試験以上に外人部隊での訓練は過酷なものであった。彼の同期数人は耐えきれず辞めていった。当初百人ほど居た訓練生は一か月後には三十人に減り、最終的に訓練を終える頃には十四人となっていた。青年はその中の一人であった。
 訓練を終えてすぐに青年はアフガニスタンに派遣された。何十年も続いているアフガン戦争に対してヨーロッパ全体が悲観的になっており、更にフランス国内では撤退の意見が多かった故に外人部隊が第一線に出向くこととなった。七千人ほどしか居ない外人部隊は新たな軍人が入ればそれを即座にアフガニスタンに送るような状況であった。
 青年の最初の接敵は都市警備の時に起こった。共同任務にあたっていた米軍の車両が突如として爆発したのである。その直後小銃の音が炸裂し、一人二人とNATO軍人が倒れていった。NATO軍は建物の後ろへ退避行動を取って反撃を試みたが敵が目視できず、気付けばちょうど隠れた建物の屋上に配置されていたドイツ軍と米軍の狙撃兵によって敵勢力は制圧されていた。青年はむやみやたらにFAMASの弾丸を消費しただけであったが、実戦で発砲した小銃の熱は訓練で体感したものとはまた違った感覚があった。国連軍の赤崎と同じ壁で対面した青年の表情は二人とも似通っていた。それは安堵と共に何かに隠された恐怖のように見えた。
 数か月が経ち、外人部隊は何度も接敵したが、青年は一度も敵を殺せずにいた。悪天候であったり敵の出現場所の問題であったり、偶然が重なってか必然なのか、基本的に米軍が相手を制圧することが多かった。
 この日初めて、フランス外人部隊はほぼ単独で接敵した。田んぼともいえない草原を青年が所属する部隊は歩いていた。一緒に任務にあたっていた国連軍に所属していたデンマーク軍と共に索敵しながら、安全確保に努めていた。そんなときに、草原の真ん中にぽつんと立っていた小屋から銃声が聞こえた。伏兵である。先行していたデンマーク軍が打撃を受けて行動不能となり、それに対応するために外人部隊が作戦を行動することとなった。
 指揮を務めたのはフランス人将校であった。小屋を迫撃しながら包囲し、デンマーク軍の援護射撃を受けたのちに中に侵入し、クリアリングするという極めて平凡で堅実な作戦であった。しかし包囲というのもやはり難しく、外人部隊は数人被害を受けることとなった。
 包囲が完了した頃、赤崎が指揮していた小隊が突入することとなった。その小隊は青年と赤崎、そして外人部隊のロシア人二人とオーストリア人二人によって編成されていた。青年と赤崎、そしてロシア人の二人が二方向の扉に接近し、オーストリア二人が窓に向かって射撃をした後に突入した。
 一部屋一部屋クリアリングしていくと、そこには敵兵の体がいくらか転がっていた。青年はそれが死体だと確認し、動揺を抑えながらまた次の部屋へと移った。しばらくして二階へ上がると、突然銃声が聴こえた。聴こえた部屋へ駆けつけると、ロシア人が一人の少年兵に銃を向けていた。このシーンは青年が何度も見たフルメタルジャケットのシーンと一致するものであった。突入した全員が駆けつけ四人で少年兵を囲むと、ロシア人がこちらへ尋ねた。
「Que devons-nous faire?」
 少年は英語で、Help, helpとひたすらに言い続け、手を空に掲げていた。
「Nous devons le tuer.」
 赤崎がそう答え、目をそむけながら少年に銃を向けた時、青年は小銃を赤崎に向け、発砲した。ロシア人二人は驚きこちらに銃口を向けたが、それも遅く、青年はその二人を撃ち殺した。
 青年は少年の手を取り、立ち上がらせた。唇に人差し指を当て、一言、
「Secret」
 と呟いた。
 青年はその後目の前で仲間が撃たれたという嘘の理由を用いて精神病を装いフランスの本部に移転し、事務を二十年間全うした後にフランス国籍を取得、そしてフランス人として生涯を過ごした。彼は二度と日本にも戦場にも戻ることは無かった。
作品名:矛先 作家名:木戸明